A94.真弓神社

1.動 機
 久し振りに真弓神社にお参りしたいと思ったが、いつもの風神山お散歩コースを延長して真弓神社まで往復するのは少々きつい。最短距離で常陸太田側から登ってみることにした。
(真弓神社歩行ルート)
(真弓神社歩行ルートの高低差)

2.データ
a)山域:真弓神社(275m)
b)登山日:2013/09/14(土)
c)日程:自宅9:50 = 10:10採石場入口10:15 ---- 10:35西参道鳥居 ---- 11:10真弓神社11:15 ---- 11:20爺杉11:35 ---- 12:00見晴台12:05 ---- 12:25西参道合流 ---- 12:40採石場入口
d)同行者:和子
e)地形図:1/25000 「常陸太田」
3.山行記録
 10時前に我が家を出て県道沿いの真弓神社入口の石碑のところから参道に入る。旭鉱床の工場の先の分岐で、間違い道に入ってしまうハプニイングがあり10分間のロス。県道61を進んで真弓神社への分岐点までくると、県道側はここからでこぼこ道、真弓神社側は綺麗に手入れされていたが車両入場禁止になっていた。この先の西登山口の鳥居のところに駐車場があったはずだが、どうしたのだろう。この分岐点に車が一台停まっていたので、仕方なくその傍に駐車して歩き始めた。
 ここで私の必携のカメラを持ってくるのを忘れていることに気が付いた。写真がないと「夫婦二人の山歩き」も纏めようがないなと諦めかけたが、携帯電話にカメラ機能が付いていることに思いついた。使い方を覚えていないが何とかなるだろうと思って、携帯カメラで写真を撮りながら歩いていったが、幸い撮った写真はちゃんと記録されていて、下山後、パソコンに転送することもできた。写真サイズの設定などの機能も知らなくてそのまま使ったが、サイズはこのHPに載せるサイズ320×240だったので何とかなった。
(県道61はガタガタ道)
(真弓神社側は手入れされた道)

 分岐点から歩いて行くと、停めてあった車の主だという4人の男性グループが賑やかに下ってきた。駐車場所から15分歩いたところに採石場への分岐があり、その奥に採石場が見えていた。更に5分歩いたところに見覚えのある鳥居があり、ここに西参道の道標があった。
 鳥居をくぐっていくと藪っぽい道になったが、ヤマアジサイやツリフネソウなど色々な野の花が咲いていて慰めてくれた。
(西参道鳥居)
(西参道)

 道なりに登って行ったつもりだったが、途中どこかで分岐を間違えたようで、お猿さんの石像に出会わないうちに真弓神社の境内に上がってしまった。孫と一緒に遊んだお猿さんに出会うことを期待していたので残念でした。
 久しぶりに見る真弓神社は、奥の本殿が前の拝殿と同じぐらいの大きさで並んでいて立派に見えた。石段を拝殿前に上がってお参りして、眼下の展望を望む。遠くの山並みは霞んで見えなかったが、近くに聳えている大きなスギの老木が一本見えていた。
 真弓神社拝殿から一段下がった境内には「神威赫赫」の石碑があり神社略誌として下記記述があった。今までは真弓神社のこんな石碑は読んだこともなかったが、ここのところ神社巡りにはまっているところなので、これを転記しておく。
  真弓神社略史
鎮座地  常陸太田市真弓町2766番地陣ケ峰頂上
御祭神   大己貴命(おおなむちのみこと)
       少彦名命(すくなひこなのみこと)
由緒沿革沿革
社伝によると平城天皇の大同2年坂上田村麿大伴乙麿の二将軍北征の砌り奉祀、その後八幡太郎義家公厄除戦勝祈願又常陸国守護佐竹氏の社殿造営あり、徳川幕府歴代将軍より御朱印地寄進を受け、水戸義公はは三十余ケ村の大鎮守を定め、真弓山王大権現の尊称を奉られた。古来より漁業関係者を始め多くの人々より、広く厚く信仰されている霊山のお社であります。昭和19年4月8日東久邇宮盛厚主殿下が御参拝になられました。
現在の御社殿は昭和29年10月改築
境内地14.8ヘクタール
大震災で大きな被害を蒙むって、修復に務めているとの立札があった。
 境内の出口には立派な山門があり、山門の中央には「真弓神社」のどでかい額が取付けてあった。
(真弓神社)
(山頂への表道)

 山門を出て少し歩くと、左に「婆杉跡」の立札があり、そのすぐ先に「爺杉 樹齢940年 この下160m」の道標があった。爺杉に初めて対面した時にはこの分かれ道が判らなくて苦労したことを思い出すが、当時もこんな道標があったら苦労はなかっただろうなと思い、道標を作った真弓町会の方に拍手を送りたい。
 急坂を下っていくと爺杉の周りはロープで囲ってあった。以前はこの杉の大きな幹を数人で抱えた形で記念写真を撮ったものだが、今は杉の根を踏まないように保護されていた。
 右横に回って爺杉を見上げると、幹は途中から二股に分かれていて、その二岐に分かれた姿もなかなか迫力があった。爺杉が二岐に分かれていたとは二人とも全く認識がなく、いつも正面から見上げて満足して帰っていたのだろうか。
(正面から)
(横から)
(爺杉)

 爺杉の袂でお八つを食べてから、急坂を登り返して少し歩くと木の鳥居があった。脇に「三の鳥居」の立札があり、そのすぐ先に表参道が右に分岐していた。
 表参道は尾根上になだらかな道が続いたが、途中急斜面のトラバース道になり、脇見をして踏み外したら千尋の谷間に落っこちそう、写真を撮るのも気を付けて慎重に歩いた。
(三の鳥居)
(トラバース道)

 快適な道を歩いて行くと高みに登る道があったが、巻道を選んで少し歩くとすぐ先に「見晴台」の道標が立っていた。「見晴台」と聞いたら寄り道しないわけにいかず、材木で作った急な階段道を登って行った。
(見晴台の道標)
(階段)

 見晴台からは南面の展望が広がっていたが、今日は霞んでいてどのあたりが見えているのかよくわからない。とりあえずパノラマ写真だけ撮っておいた。
(見晴台からの展望)

 見晴台にはハギの花が咲き始めており、下ったところではフジウツギがあちこちに咲いていて、荒れ地に彩りを添えていた。
(ハギ)
(フジウツギ)

 見晴台の眼下には広い採石場が広がっており、ここからはまた登ってきた階段を引き返すのだろうと思ったが、採石場に向かってなんとなく道らしき物が見える。ガラガラの道?を下って行くと無事採石場へ下りて、表参道の道に合流した。
 表参道の道は採石場の中で消えてなくなり、向かいの茂みの中に山道らしきところが見えた。地形図の破線の道に違いないが、近付くと草ぼうぼうで和子が入るのを嫌がる。幸い今日は土曜日、採石場は休業で物音一つしないので作業の邪魔にもならないと判断して、採石場の広い道を下ることにした。どの辺りに出るのか定かではなかったが、とにかく道なりに下って行った。日照りの中、草一つ生えていない埃っぽい道を歩いていくと、輻射熱で暑くて汗が噴き出してくる。水を補給しながら歩いて行った。
 藪道を避けてから15分でT字路に出た。合流したところは朝登ってきた西参道への道だったので一安心。駐車場所に戻る途中、犬を連れて登ってくるご夫婦に出会った。今日、二回目の登山者との出会いだった。
(展望台から下る)
(採石場の中)

 



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