F12.久し振りの山登り風神山

1.動 機
 年初めの暖かい日、久し振りに風神山に登る気になった。風神山へは1年半前の「D56.風神山からみはらし台へ」以来のこと。風神山は我が家から標高差200mに過ぎないが、山は山、坂道の上り下りに私の腰が耐えられるかどうか自信がないので永いこと敬遠してきた。去年の山の日に登っているが、この時は日研側の一般登山口まで車で入って、舗装道を標高差100m上り下りしただけだった。今回は我家から歩き始めて、新登山口からガタガタもある山道を山頂まで登りきり、下りでも一般登山口までは舗装道を歩いたが、エネ研下からまた山道に入って倒木やヤブと戦うことになったが、なんとかそれを乗り切って団地の道に出て無事我家に辿りついた。なんだかまた山に登る元気が出てきた様な気がする嬉しい山登りでした。

2.データ
a)山域:日立南部
b)登山日:2018/01/07(日)
c)歩程:
    自宅11:30 ---- 12:00新登山口 ----12:10休み場12:15 ---- 12:40風の広場12:45 ---- 12:50芝生広場13:15 ---- 13:20風神山山頂 ---- 13:35風の広場入口 ---- 13:50一般登山口 ---- 14:05倒木ヤブ14:15 ---- 14:40自宅
d)同行者:和子

(風神山登山コース)


3.山行記録
 風神山に登るなら何時ものウオーキングで履いているスニーカではなくて、登山靴を履こうとしてやっかいな靴ひもを緩めてみたが、厚手の靴下を履いた足は入りそうにない。山の会のリーダに「この靴は一寸高いが、履き心地が良くて厚手の靴下を履かなくてもいいんだよ。」と薦められたものだったのを思い出し、薄手の靴下に履き替えて足は入ったが、靴ひもを締めるのは和子のお世話になった。「山靴を履くのも一人では出来なくなったのね。」と嫌味を言われながら。
 和子の後を追って風神山へ向かって出発。久し振りの山靴の履き心地は上々、舗装道を歩くのもスニーカよりもクッションの具合がよくて気分よく歩ける。国道手前の住宅街を歩いている時、目の前に風神山が見えてきて、靴騒ぎでスタート点の我家の前で風神山の写真を撮るのを忘れていたのを思い出し、慌ててシャッタを押した。
 国道を渡って歩いていった住宅街の端から山道が始まり、我家ではここを新登山口と呼んでいる。
(風神山)
(新登山口)
 この道は風神山への最短距離のコースで、始め杉林の急斜面の沢沿いに作られた登山道で、石くれがあったり、段差があったりするが、登山靴だと足元に不快を感じることなく気持ちよく歩ける。
 右上にコーン、コーンというゴルフ練習場の快音を聞きながら歩いていくと、今度は上の山側道路の橋から車の走る音が聞こえてきた。
(杉林)
(山側道路下)
 橋を潜って雑木林の道を登っていくと、右への分岐道があるところで、倒木に腰を下ろして少し休憩。
 一休みしてまた和子の後について登っていったが、途中から和子の足取りが遅くなってきた。立ち止まった和子を追い越して、きょう初めて和子の前に出て気持良く歩いていった。
(休みどころ)
(疲れ気味の奥さん)
 速足で歩いた積りだったが、一般登山道からの道に出たところで和子に追い越され、残念ながら風の広場には先を越された。
(一般道から風の広場への分岐点)
(また追い越された)
 風のの広場のテーブルは丁度空席、ゆっくりと休憩できそうだ。
 下の広場にはビニール袋を持ってごみを拾いながら歩いている二人のご婦人の姿があった。ボランテアさんとお礼の挨拶をした。
(風の広場のテーブル)
(ゴミ拾いのボランテアさん)
 今日はお天気は快晴、樹木が育って市街はますます見えなくなっていたが、太平洋は綺麗に見渡すことができた。
(太平洋展望)
 ここでゆっくり昼食にしたかったが、トイレを使いたくなって、展望はないがその先の芝生の広場に移動して昼食にした。
 昼食後、山頂まで登って風神雷神の碑を拝み、三角点の脇の山頂標を入れて久しぶりの風神山完登の喜びの写真を撮ってもらった。
(風神碑・雷神碑)
(登頂記念)
 和子はもう少し先まで歩きたい風情だったが、すぐに舗装道の一般道を下っていった。
(下りは車道)
(登ってくる車)
 一般道は車も多く、登ってくる車、下って行く車に何度も出会って脇に逃げる。
 車に追い越されるのは仕方ないが、歩いて下る人の追い越され、しっかり歩いている積りなのにどんどん差をつけられるのには少々ガックリ。
(追い越していく車)
(追い越していく人)
 一般登山口まで下って山側道路を渡る橋を行くと日立の研究所がある。右の研究所側の門には「日立研究所・風神門」の表示板が取り付けてあった。風神門と言う名は初めて、ご無沙汰も長いが、いつから着いた呼称だろう。
(山側道路を渡る橋)
(日立研究所風神門)
 左のエネルギー研究所だった門には「日立研究所・山側門」の表示板があった。研究所も統合されたようだ。
 山側門の先で、舗装道から左に別れる歩きなれた山道に入った。
(日立研究所山側門)
(山側門側の山道へ)
 途中まで快調に下ったが、分岐点に来て、別の歩いたことのある道を久し振りに歩いてみようと言って直進方向に進むと、間もなく道に倒木が何本も横たわっていた。どこかで分岐を見過ごしたようだ。和子は「引き返そうよ」と言ったが、私は引返すのは癪、道はしっかりしているのでそのまま進むことにした。
 数本も倒木を乗り越えたが、その先でまた倒木、今度は道にも枯草が生えていて藪に近くなっている。
(何本も続く倒木)
(倒木とヤブ)
 倒木と藪を超えたら、その先で道が消えて崖に近い急斜面に突き当たった。ここから引返すのは大変だ。左に民家が見えていたので、この家に近付いてみると急斜面だが踏み跡がある様にも見える。昔取った杵柄、私が前に出て一歩一歩足元を確かめながら下って無事草地に下りついた。草地には立入禁止の表示があって道路側はロープで囲まれていたが、出ていくのは許してもらうことにしてロープを越えて道に出た。
 道路には出たがズボンや手袋には「センダングサ」の種がびっしりと付いていた。「センダングサ」の種は払ったぐらいでは離れない。引っ張っても根っ子が残り、ここで処理していては日が暮れる。そのままの姿で家まで帰り、ズボンも手袋も廃棄処分にしてしまった。
(ヤブの崖を下る)
(センダングサの実だらけ)
 最後に倒木を乗り越えたり、急斜面を下ったりの難所を無事通過して、それでも腰痛も出なかったので、またどこかの山に登ってみたい気にもなりました。


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