H20.赤城山

1.動 機
 「茨城と近県の山」のピークハントをしていて栃木県の山には大分馴染みになってきて、すぐ隣の群馬県が気になりだした。群馬の山は難しそうな山ばかりだが、国定忠治の「赤城の山も今宵限り---」でその名を知っていた赤城山が、初心者でも安心して登れそうでアクセスもしやすそうだ。赤城連山のうち主峰の黒檜山とすぐ隣の駒ヶ岳、地蔵岳に日帰りで登る計画をたてた。

2.データ
a)山域:黒檜山(1828m)、駒ヶ岳(1685m)、地蔵岳(1674m)
b)登山日:2001/10/21(水)晴
c)コースタイム:日立自宅 4:35 = 4:45 日立南IC = 5:00 水戸IC =(R50)= 7:30 道の駅 7:35 = 8:05 赤城神社駐車場 8:15 ---- 8:25 神社登山口 ---- 9:35 黒檜山山頂 10:05 ---- 10:15 分岐 ---- 10:45 大タルミ ---- 10:55 駒ヶ岳山頂 11:00 ---- 11:45 駒ヶ岳登山口 ---- 11:50 覚満淵ビジタセンタ(昼食・散策) 12:40 ---- 12:55 赤城神社駐車場 13:00 = 13:05 小沼駐車場 13:20 ---- 13:30 地蔵岳登山口 ---- 14:00 地蔵岳山頂 14:20 ---- 14:55 小沼駐車場 15:15 = 風の道 = 18:00 結城 18:35 = 20:00 日立自宅
(赤城山登山歩行コース(朱色))

d)同行者:和子
e)地形図:「赤城山」

3.山行記録
 超早起きをして朝4時半に我が家を発車し、日立南ICから水戸ICの間だけ高速に乗って、あとはひたすら一般道50を走った。朝ごはんのおにぎりをほおばりながら----。R50からR353に分かれ、赤城道路手前の道の駅で一休み、ここまで3時間かかっていた。北関東道が開通した今なら半分の時間で来れる。赤城道路に入って赤城の山々を眺めながらくねくね道路を登って行くと大沼が見えてきた。
 湖畔を走って赤城神社の駐車場に車を入れ、身支度をして赤城神社にお参りした。大沼湖畔の眺めを楽しんでから、登山口まで湖畔を歩いて登り始めた。
(赤城神社)
(大沼と地蔵岳)

 登山道は始めから大石がゴロゴロ重なっている道で、足場を選びながら登って行った。
(黒檜山登山口)
(大石ゴロゴロ)

 登るにつれて後ろの視界が開けてきて、眼下に大沼の湖面が光っていて、その上に地蔵岳や鈴ヶ岳、長七郎山が見えていた。更に登ると樹間にうっすらと富士山も見えるようになってきた。
(大沼を俯瞰)

 駒ヶ岳の分岐に出て左に曲がってすぐに「黒檜山大神」の鳥居と石祠があり、三角点のある黒檜山の山頂もすぐだった。
 山頂からの展望は広く、南には小沼の上に富士山が見え、西に榛名連山、北に白根山、皇海山、日光連山、袈裟丸など並んでいた。
(黒檜山山頂)
(小沼と富士山)

 黒檜山から分岐に引き返し、更に急坂を下っていった鞍部に「大タルミ」の道標が立っていて駒ヶ岳が目の前だった。
 山頂部の木の階段を登って駒ヶ岳の山頂に着いたが、展望は黒檜山に及ばない。小さな山名板の前で記念写真を撮ってすぐに次に向かった。
(大タルミ)
(駒ヶ岳山頂)

 下山途中にはところどころ紅葉が残っていて目を楽しませてくれる。
 大沼湖畔の登山口に下りると立派な「関東ふれあいの道」の案内板があり、覚満淵の周りを歩けるらしい。
(紅葉)
(案内板)

 覚満淵湖畔のビジタセンタで昼食を頂いてから、覚満淵の周りの遊歩道を地蔵岳や駒ヶ岳、長七郎山を眺めながら一周した。
(覚満淵)
(遊歩道)

(地蔵岳)
(駒ヶ岳)

 覚満淵から一旦赤城神社の駐車場に歩いて戻ってから、車で小沼湖畔の駐車場に移動。小沼は名前から受ける印象よりも大きな池だったので好印象を受け、少し周りを歩いてみた。
 地蔵岳への登山口は駐車場のすぐそばにあり、木の階段から登り始めた。
(小沼)
(地蔵岳登山口)

登っていくと、先ほどまで歩いていた小沼や覚満淵が見えてくる。
(小沼)
(覚満淵)

 地蔵岳の山頂には一等三角点があり、その脇に山名標が立っていて早速記念写真。
 山頂部には地蔵岳というだけあって、石のお地蔵さんが立ち並んでいて、そのそばには釜蓋の上に真新しい釜蓋地蔵尊が立っていた。脇の「釜蓋地蔵尊復元記念之碑」由来書によれば、明治の廃仏毀釈で昔からの地蔵尊は壊されたらしいが、壊されたのは釜蓋とお地蔵さんだけだったようで、回りの三輪塔や水鉢等は古びていた。

 ≪釜蓋地蔵の由来≫:下記は説明板のまる写し
 地蔵ヶ嶽の山頂は、中世の頃より禅頂と云われ、先祖の霊の集合の地として麓の村一帯に信仰されておりました。応永十三年に鋳銅製の地蔵がこの地に奉納され、釜の蓋の上に安置されて、珍らしい行事が執り行なわれて来ました。この釜の中には、先祖の霊が封じ籠められていたと伝えられ、その頃より毎年盂蘭盆を間近に控えた旧暦七月一日になると釜蓋が開けられ、霊者は赤城山を下り、十三日の夕方に旦那寺の門を潜り、御本尊に挨拶を済ませ、迎えに来た人達に連れられて、生家の佛壇に納まりました。その日を麓では、迎え盆と云っております。盂蘭盆供養の済んだ十七日になると、叉生家の人達に見送られて赤城山の地蔵ヶ嶽に帰り、釜の中に封じ籠まれ、釜蓋の行事が終ります。
 この地蔵尊は、明治二年、廃仏毀釈により取り除かれましたが、私達は、地蔵ヶ嶽の古事を偲び、ここに石佛として釜蓋地蔵尊を復元いたしました。
(地蔵岳)
(釜蓋地蔵)

 山頂部の一端には展望台があり、ロープウエーの降車口から登ってくる階段道が見えていた。大勢の観光客用に作られたこの展望台はなかなか展望がよかった。大沼の上に駒ヶ岳、黒檜山、榛名山が見えている写真だけが残っているが、メモによれば北アルプスや四阿山、白根山、浅間山なども見えていたと書いてある。
(大沼・黒檜山)

 地蔵岳から下って15時過ぎに帰途につき、途中風の道(?)の直販所で野菜を買い込み、結城のラーメン屋で腹を満たして20時に我が家に帰ってきた。遠路のドライブ、ご苦労様でした。




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