T82 南アルプス(聖岳・光岳)

1.動 機
今年始めから時々一緒させてもらっている、HESCO OBの山岳会、亀楽山岳同好会の8月例会として、日本最南端の3000m百名山である聖岳から、南アルプス最南端の百名山光岳までを歩く魅力的な計画の案内が来た。単独では近寄りがたいと思っていた領域だったので是非とも参加したいと思ったが、計画は5泊6日の長丁場、体力が心配だった。MACの永井さんに相談して「南アルプスとしてはゆとりのある計画になっているので、行ったらいいでしょう」と言っていただいき、勇気が出た。和子は汗まみれままで6日も歩くことには耐えられないと不参加だった。まずまずの天気にも恵まれて、雄大なスケールの南アルプスを満喫して帰ってきた。

2.データ
a)山域:前聖岳(3013m)、上河内岳(2803m)、茶臼岳(2654m)、易老岳(2354m)、イザルケ岳(2540m)、光岳(2591m) 、仁田岳(2524m)
b)登山日:2006/08/10(木)〜 8/15(火)
c)コースタイム:
8/10(木):大甕駅 = 日暮里駅 = 東京駅 = 静岡駅 = 畑薙ダム = 椹島ロッジ(泊)
8/11(金): 椹島ロッジ =聖沢登山口--- 聖平小屋(泊)歩行6.5 hr
8/12(土): 聖平小屋 --- 聖岳 --- 聖平小屋 --- 上河内岳 --- 茶臼小屋(泊)8.3 hr
8/13(日): 茶臼小屋 --- 茶臼岳 --- 易老岳 --- イザルケ岳 --- 光小屋 --- 光岳 --- 光小屋(泊)4.3hr
8/14(月):光小屋 --- 希望峰 --- 仁田岳往復 ---茶臼岳--- 横窪沢小屋(泊)8 hr
8/15(火):横窪沢小屋 --- 畑薙大吊橋 --- 畑薙ダム = 静岡駅 = 大甕駅 歩行3.5hr
d)同行者:亀楽会員(男性5名)、和子は不参加
e)地形図:1/25000「赤石岳」、「上河内岳」、「光岳」、「畑薙湖」
(道東周遊ルート)

3.記 録 
装備準備
リーダから荷物を軽量化するよう指示があり、不要物を減らす。主食8食分(一日自炊+毎昼食)予備食、行動食と着替えや雨具、バーナ、コッフェルなどを詰めてみると、ザックの重さは9.5kg。2.5Lの水が入ると12kgになるが、何とか歩ける重さになった。リーダから痙攣予防に塩分の多い行動食を持つよう推奨され、乾燥梅干と塩昆布をくわえた。

8月10日 晴:椹島ロッジまで
大甕駅から朝一番のひたち6号に乗り、指定席の1名を除いて5名が近くの席に座ることが出来た。朝食のおにぎりをほおばって、日暮里で山手線に乗り換え、東京駅からひかり403号にそれぞれ予約していた指定席に分かれて静岡駅に向かい9時に到着した。
駅前の畑薙行きバスのG番乗場にザックを並べる。すぐに中高年女性の団体さんなどがあとに並んで賑やかになった。定刻になって、バスがやってくると、車掌さんがバネ秤を持って一人一人のザックの重さを測り始めた。10kg未満は無料券を貰う。越えると大人の乗車料金2550円の半分1280円を荷物料金として請求される。家から2Lの水と1.8Lのワインを持参した人と、チェルトなど共同装備の重いリーダだけが荷物代を請求された。
バスは、途中、横沢と井川でトイレ休憩しながら3時間走って畑薙ダムに到着した。車掌さんの話し振りがなんとなくたどたどしい。「静鉄の運転手さんの所に中国からお嫁に来たばかりです」と自己紹介あり、ういういしくて畑薙ダムまでの長いドライブも気持ちがよかった。
(大井川源流)

椹島ロッジ行きのバスが待っていて、3000円払ってすぐに乗り込む。マイクロバスに28人乗って補助席も満席、それぞれザックを抱えて狭い座席に座ったまま1時間の辛抱だ。井川ダムや畑薙ダムには仕事で何回か入ったことがあるが、ここから奥は始めてである。大きな山に囲まれた大井川源流の流れが美しい。運転手も宣伝していたが、植林帯がないので、紅葉の季節にはさぞかし綺麗だろうと思われた。途中、聖や赤石の好展望地があり、その都度運転手がアナウンスしてくれる。道は狭くがたがたの悪路になる。おばさん達が運転手に盛んに話しかけ、運転手も喜んで応答しているが、安全運転の邪魔をしないでよと言いたくなる。聖沢登山口を通過して、椹島の手前に赤石沢発電所があった。退職直前に開発に苦労した思い出多い水車が回っている。こんな奥地で回っているんだ、と感慨深い。
椹島ロッジに着くと、広い敷地に2階建ての宿泊棟3、事務棟、食事入浴棟、車庫、売店などがずらりと並んでいる。宿泊費8000円を払おうとすると、前払いした送迎代も含む代金とのことで、5000円ですんだ。宿泊棟は全部個室、二部屋割り当てられた寝室は4畳半ほどの広さで、2人分の布団を敷いてあったが、押入れにあった一人分を敷いてもゆっくりだ。トイレも水洗、風呂にも入れてここは旅館である。

8月11日 晴:聖平小屋まで
椹島ロッジ6:30 = 6:40聖沢登山口6:45 ---- 7:10出会所小屋跡 ---- 8:00聖沢吊橋8:10 ---- 9:05造林小屋跡9:15 ---- 10:05乗越10:30 ---- 11:15休み11:25 ---- 11:35滝見台12:10 ---- 12:20岩頭展望台12:25 ---- 13:00休み13:25 ---- 13:40聖平小屋(泊)

昨日払った送迎代で聖沢登山口まで送ってくれるという。5時半から朝食をとり、予定の6時半より前に売店前に出たが、予約の客が揃わないと言って6時半まで待たされる。予約客はついに出てこず、待っていた人員だけで登山口まで送ってもらった。
聖沢吊橋
トリカブト
大きな案内板のある登山口から出会所小屋跡まで樹林帯を登り、ここからしばらく鉄板や丸太で補強されたトラバース気味の道を歩いて聖沢吊橋のところで一休みした。ここから造林小屋跡を過ぎ乗越まで急登が続いてたっぷり汗を搾られた。樹林に陽が遮られて助かり、時々、シモツケソウやコキンレイカなどの花もあり、樹間から大きな山も見えて慰められる。
(聖岳と豪快な滝)

滝見台のところからは、聖連峰とそこからの沢を豪快に流れ下る2本の滝が見下ろせた。絶景を眺めながら岩場の上でゆっくりと昼食をとった。少し先にも岩頭展望台という絶壁上の岩場があり、ここから墜落でもしたのか慰霊碑が建っていた。こわごわ下を覗き込んで写真まで撮った。
このあたりからトリカブトの群落が続き、朝からFさんの足の調子が悪くなり遅れ気味だったので、これを待ちながら色々な姿のトリカブトの写真を撮った。
歩き始めて7時間、13時40分に聖平小屋に到着すると、手作りのクッキーとお茶の接待を受けた。これから先の茶臼小屋でもお茶を頂いたが、渇いた喉にお茶の接待は有難い。小屋が一棟増築中で、骨組みが出来上がっており、発電機をガンガン鳴らしながら作業が進行中だった。
今日は空いているからと、6人に7人分の一区画が割り当てられ、ゆっくり眠れそうだ。寝具は、ここから先の山小屋も全部寝袋である。混んでいる時でも隣の人と肌を接することなく具合がいいかもしれない。空いていれば布団の方が寝心地がよさそうだが----。水は小屋の下の蛇口からたっぷりと出ている。北海道のようにエキノコックスの心配がないのが嬉しい。トイレはこれの先50mにあり、浄化槽付き水洗である。少し遠いが道には夜間も照明が点いている。
(上河内岳−茶臼岳−光岳)

山小屋の人に薦められて、3分ほど登って聖への登山道分岐の広場まで上がってみる。今日は天気が良くて、北に百名山聖岳、南に二百名山上河内岳は聳え、その右に三百名山茶臼岳から百名山光岳への稜線が延々と繋がっている。足元には色々な花も咲いていた。
美味しい豚汁付きの夕食をいただき、寝袋に入ろうとすると、遠くから雷鳴が聞こえてきた。玄関前に出てみると、谷間の向こうの笊ケ岳(?)の上に入道雲が湧き上がり、その中で雷光が光って雲に彩を添え、花火を見るよりももっと美しい光景だった。

8月12日 曇一時雨:聖岳登頂−上河内岳−茶臼小屋
聖平小屋4:55 ---- 5:55小聖岳6:05 ---- 7:00前聖岳7:10 ---- 7:55小聖岳 ---- 8:45聖平小屋9:05 ----9:55休み10:05---- 10:25展望地10:40 ---- 11:00南岳11:05 ---- 11:50上河内岳11:55 ---- 12:55ハイジの丘13:25 ---- 13:40分岐 ---- 13:50茶臼小屋(泊)

聖岳までサブザックで往復することになり、4時半からの朝食をそそくさと頂いて、5時前に出発した。はじめは霧の中で何も見えなかったが、登山道脇のトウゲブキの群落を眺めながら登って小聖岳に近づくと視界がきれいに晴れてきた。目の前に前聖岳のゴツゴツとどっしりとした岩峰が迫っていたが、小聖岳でこれをバックに集合写真を撮ろうとしたら急に雲に隠れてしまった。山の天気は変わりやすい。
タカネツメクサ
トウゲブキ
痩せ尾根を渡って前聖への登山道を進むと、ここからは色々な高山植物の花が多くなってきた。タカネツメクサ、イワツメクサ、ミネウスユキソウ、チシマギキョウ、ミヤマダイコンソウ、ミヤマオトコヨモギ、イブキジャコウソウ、ミヤママンネングサ、イブキトラノオ、ミヤマホツツジ、一つ一つカメラに収めて登った。心残りは、少し離れた崖に数株のタカネビランジを見つけたのだが、上にはもっと近いところに咲いているかもと写さないで通り過ぎた。そこ以外では見つからず、下りでは霞んでいて写真にならなかった。
小聖からの聖岳
聖岳山頂にて全員
(大沢岳−赤石岳)

ガレた急坂をジグザグに登って3013mの山頂に着いた時は丁度雲が晴れたところで、目の前に赤石岳から大沢岳の稜線が広がり、その陰に隠れるように荒川三山が見えていた、そのうちこれらの山にも挑戦したいものだ。すぐ先に見える三角点奥聖岳まで足を伸ばしたいとの要望も出たが、「今日は長丁場なので、大事をとって予定通りここから引き返す」とのリーダの決定があり、集合写真をとって下りに掛かった。
空身なので足取りが軽い。重いザックを背負った縦走中の若者などを追い越しながら歩き、小屋に戻ったのは予定のコースタイムより1時間早かった。
昨日から足の調子が悪くなったFさんは、念願の聖岳に登頂したので今日のうちに椹島へ下ることに決めた。危険なところもあるのでリーダも一緒に下ることになり、これから先は、最年長のAさんがリーダになって4人で歩くことになった。
(大工さんを運んだヘリコプタ)

大きなザックを背負って聖分岐の広場に上がると、丁度ヘリコプターが舞い降りるところで、中から大工さんが10人ぐらい降りてきた。増築工事の増強か交代要員かだろうが、大工さんを歩いて登らせるわけにはいかないのだろう。
聖平小屋から上河内岳までの登りは高度差550mだが、ザックの重さがこたえて長くきつかった。樹林帯から岩場に出たところが好展望地になっており、聖岳を眺めながら休憩にして、朝作っておいたα米を少し食べた。足元には、コゴメグサ、ウサギギク、ヨツバシオガマなど綺麗に咲いていた。
右側がガレて切れ落ちた尾根筋を登って南岳に登ると、向こうに富士山が見えていた。今回初めて目にする富士山である。大喜びでみんなでシャッタを押した。
上河内岳山頂
竹内門の向こうに茶臼と光
少し下って、エゾシオガマ、シナノオトギリ、ミヤマキンポウゲ、タカネコウリンカ、タイツリオウギ、マツムシソウ、チングルマ、コイワカガミ、ツマトリソウなどさまざまな花が咲く道を登りかえして上河内岳の肩に着き、ザックを置いて2803mの山頂まで往復した。立派な山頂標の前で証拠写真を撮って肩に引き返し、見晴らしの良い稜線上の縦走路を下ると竹内門の奇岩を通り抜ける。ウサギギクやハクサンフウロが咲く広いお花畑を通り過ぎたところで昼食休憩にした。今回初めてバーナを使って、お湯を沸かして味噌汁を作り、α米の残りで雑炊を作って食べた。
ガレて石が重なった急坂を登り、ハイジの丘という茶臼岳を展望するピークを巻いて進むと、上河内岳←→茶臼岳と茶臼小屋の三又の導標がある分岐についた。茶臼小屋方向に石ころだらけで歩きにくい道を10分下って、テント場を通り過ぎると茶臼小屋に着いた。お茶の接待を受けて、2階の寝所に案内された。土曜日なのに、今日もゆっくりとしたスペースでゆっくり眠れそうだ。小屋のすぐそばの水洗トイレとの間に、綺麗な水がホースからたっぷりと流れ出ていた。
到着してまもなく雨になり、雷鳴も聞こえてきた。1時間後、ずぶ濡れで入ってきた登山者は、途中で雨に会い、雷が怖くてしばらく停滞していたという。我々は「夏山は早出」を守ってよかったようだ。 夕食には山小屋では珍しい「はまちのさしみ」が出た。料理番が魚料理屋経験者で、冷凍魚の塊を持ち上げて、冷蔵庫に保存しているとのことだった。食後、雨上がりの空のかなたに富士山が顔を出して、明日の好天を期待させた。

8月13日 晴後曇:茶臼岳−イザルケ岳−光岳
茶臼小屋5:15 ---- 5:30分岐 ---- 5:50茶臼岳5:55 ---- 6:15仁田池 ---- 6:35希望峰 ---- 8:20易老岳 ---- 8:55三吉ガレ9:15 ---- 9:50三吉平 ---- 10:30ガレ沢上10:40 ---- 10:50静高平 ---- 10:55分岐 ---- 11:05イザルケ岳11:15 ---- 11:25分岐 ---- 11:35光小屋11:45 ---- 12:00光岳12:05 ---- 12:15光岩12:20 ---- 12:35光岳 ---- 12:45光小屋(泊)

朝の日の出と富士山を期待したが、日の出の時間になると雲が出てきて、霞のなかの朧な日の出になった。通常は5時からの予定の朝食が4時半からに前倒しになり、5時過ぎに出発した。今日の道には「山ひる」が多いというので、暑いのにスパッツで武装した。歩きにくいごろ石の登山道を登って、昨日の分岐点まで着くと、近くのハイマツの茂みにライチョウの親子がいた。ライチョウを見ると雨が降るという。今日はあまり天気がよくないのだろうか。
(茶臼岳山頂の4人)

歩きやすい稜線の道をゆっくり登って2604mの茶臼岳に着いた。山頂は岩の重なりだらけ、視界もきかないので集合写真を撮って早々に次に向かった。左足のくるぶしに、姿勢によって時々痛みが走り、少しペースを落としてもらうようお願いした。急坂を下って仁田池に着き、コバイケイソウの葉が茂る湿地帯を立派な木道を歩いて通り過ぎ、小さなピークを越えるとまた木道の草原になった。次の坂を登ると希望峰といういい名前の三角点に着いた。またコバイケイソウの茂る原っぱを進むと、目の前に光岳が見えてきた。今日はあそこまで歩くのだとシャッタを押した。
視界の利かないダケカンバの林を歩いていくと、シラビソの易老岳に着き、さらに立ち枯れの木が目立つ稜線を進むと東が切れ落ちた三吉ガレに着いて食事休憩にした。ここまで、ヤマヒルを気にしながら歩いたが、一度も被害に会わない。一匹ぐらいなら出てきて欲しいと思うが、幸か不幸か帰るまで一度も出会うことはなかった。
(三吉ガレから易老渡を見下ろす)

三吉ガレからは眼下に易老渡あたりの林道や小さな家が見えていた。脇で休んでいた若者が、「これから易老渡に下るのだが、右側のあの急な稜線を下るのだと思うとうんざりする」と言っていた。ここには「携帯通話可能」の立札があったので、我家に電話してみた。出てきた和子がいきなり「雷は大丈夫だった?」と言ったのには驚いた。
ゆっくり歩いてと言いながらしんがりで写真ばかり撮っていたので、ここで2番手にあげられてしまった。2番手ではシャッタも思うように押せない。三吉平を過ぎると苔むした原生林のような森に入り、次いで涸れ沢の長い登りになった。汗を拭きながら登っていると、スニーカで駆け上ってくる若者がいた。畑薙から登ってきて、今日また畑薙まで下るのだという。恐ろしい男がいるものだ。
涸れ沢の急登をこなして小休止し、トリカブトやハクサンフウロが咲き乱れる草原を歩くと静高平の立札が立っていた。ここで集合写真を撮って、少し先にイザルケ岳の分岐標があり、ここにザックをデポして空身でイザルケ岳を往復した。なだらかな道を登った2540mのイザルケ岳山頂は広かった。残念ながら視界は利かず、しばらく光岳が見えてくるのを期待して待ったが、かなわず集合写真だけ撮って往路を戻り、木道を歩いて光小屋に着いた。時刻は11時35分、まだ正午前だった。
ご主人はバイオトイレ、食事、自炊場の時間割や水の供給の説明を要領よくして、就寝場所を指定してくれた。水は自分で自由に採取は出来ないが、行動用の水は容器を渡せば欲しいだけ供給してくれ、自炊の水は置いてあるペットボトルから自由に使うことが出来る。部屋の壁には、45番までの黒番号と、68番までの赤番号が打ってあり、今日は定員の45名を越えそうなので、狭いところで我慢してくれとのこと。年寄り4名を食事付きにしてくれとお願いしたが、3名を越えた団体には絶対食事は出しませんと断られた。(あとから主人に理由を聞くと、「自炊も山の楽しみ、出来るだけ多くの人に自炊の楽しさを味わってほしいのだ」と言っていた)
(光岳山頂)

今日のうちに光岳に登ってこようと、4人揃って空身で出かけた。15分で百名山光岳に登頂。視界はなく集合写真とめいめいの証拠写真だけ撮って、すぐ先の光岩展望台から光岩を見下ろした。格好のいい岩だが、陽が当たらないと「てかり」はしないので少し迫力に欠ける。10分ほど急坂を下って、もう一つの上の光岩のところまで降りて、代わる代わる岩の上に登って記念撮影をした。先ほど見た光岩はその少し下に見えていた。
光岩展望台から
光岩
小屋に戻って荷物の整理などしていると、Aさんが「珍しいテカリダケアキノキリンソウが咲いているよ」と場所を教えてくれた。Uさんと連れ立って出かけると、下の水場の方に黄色い花がいっぱい咲いているのが目にとまり、こちらに下ってみる。それはトウゲブキの大群落だった。すぐ脇の大きくガレた急斜面には黄色やピンクの色々な花がいっぱい咲いて綺麗だった。踏み込むと崩れて谷底まで滑落しそうなところなので、近くに咲いているシナノナデシコやイブキジャコウソウ、ヤマハハコなどの写真を撮っていると、上の方から「おーい」と呼ぶ声が聞こえてきた。出かけたきり帰ってこないので、心配してでかけて来てくれたのだった。改めて案内してもらった場所は、テカリダケアキノキリンソウが二株花を付けていた。
部屋に戻ると、「今日は45名以内になりそうなので、黒番号の広いスペースで寝ていいよ」と嬉しい話になった。

8月14日 晴一時曇:仁田岳−横窪沢小屋
光小屋5:15 ---- 静高平 ---- 6:10三吉平6:15 ---- 6:45三吉ガレ6:50 ---- 7:10易老岳7:30 ---- 8:10休み8:15 ---- 9:05希望峰9:20 ---- 9:35仁田岳9:45 ---- 10:00希望峰 ---- 10:40茶臼岳 ---- 11:00昼食11:30 ---- 11:40茶臼小屋 ---- 12:10休み12:15 ---- 12:40ベンチ12:45 ---- 13:15横窪沢小屋(泊)

(日の出前の富士山)
(仁田岳から聖岳)

朝起きると天気が良く、白み始めた空に富士山がくっきりと浮かんでいた。富士の姿は時間とともにはっきりとしてきて、屋外で食事を準備しながら、日の出まで時間ごとにシャッタを押し捲った。
日の出とともに小屋を出発し、昨日歩いた道をそのまま引き返していった。希望峰への登りが思ったよりもきつく、山頂に着いた時には仁田岳に寄り道する元気はなかったが、休憩しているうちに元気が戻り、4人揃って30分の往復をすることになった。空身で出かけたが、途中一つピークがあり、結構長く感じた。360°の展望が売り物だが、山頂に着いた時には霞んでいて駄目だった。山頂標の前で集合写真を撮り、わずかに頭を出した聖岳の展望に満足して引き返した。
ここまで2番手で写真を遠慮しながら歩いたが、やはり面白くないので、またしんがりに下げてもらって歩いた。希望峰から下って、次の茶臼岳への登りがまたきつかった。今日最後の登りだと言い合いながら頑張って登った。山頂で昼食の予定だったが、登山者も頻繁に通過するし、岩の山頂は意外と狭くて場所がとりづらかったので、茶臼小屋分岐近くまで下ってからゆっくりと昼食にした。
ここから茶臼小屋までのごろ石の道はは経験済だったが、ここから下、茶臼小屋から今日の宿舎横窪沢小屋までも、転げ降りるような急坂が続いた。800m下ってやっと宿舎横窪沢小屋に着いた時はほっとした。
横窪沢小屋は空いていて、ゆったりとした広さを確保できた。ここのトイレは水洗でなく、小屋から随分下ったところにあって、トイレまでの下り上りが疲れた身体にはこたえた。水場は小屋の脇にあって、ホースから流れ放しになっており、ここで身体の汗を拭いてすっきり気分になることが出来た。
牛丼他たっぷりの一人一人の夕食のお膳の脇に「一期一会、平成18年8月14日、木村勝利」と書いた直筆の色紙が置いてあり、「山の中で何のお土産も渡せないので、下手な書でもお持ち帰りください」と言われ、有難く頂戴して大事に書類の間に挟んで持ち帰った。

8月15日 晴:畑薙大吊橋−畑薙ダム−帰宅
横窪沢小屋5:10 ---- 5:20横窪峠 ---- 5:35休み5:40 ---- 6:15ウソッコ小屋 ---- 6:35吊橋6:40 ---- 7:15ヤレヤレ峠7:20 ---- 7:45畑薙大吊橋7:55 ---- 8:30車止め ---- 8:45畑薙ダム9:45 = 10:45井川駅10:55 = 12:00横沢12:15 = 13:10静岡駅13:57 = 15:30東京駅 = 上野駅16:00 = 17:06水戸駅17:10 = 17:31大甕駅

(ロープ場や吊橋が次々と)
(長がーい畑薙大吊橋)
(畑薙ダム)
(6日でこんな髭面になりました)

当初は畑薙ダムで12時過ぎのバスに乗る予定だったが、10時前のバスに間に合わせて早く帰りたいとの提案があり、全員一致で前倒しになった。5時からの朝食をそそくさと食べて出発した。横窪峠まで登りがあって暑くなり、ここからの急坂の下りでも汗が出てきて止まらない。それほど急がなくても十分に間に合いそうなので少しペースを落としてもらい、一枚脱いで体温調整をした。
三段につながった長い鉄の階段を下り、吊橋を渡ったところがウソッコ沢出会いで、一休みする。近くに避難小屋ウソッコ小屋があり、一人の男性が見送ってくれた。ここからも、ジグザグに急坂を下ったり、沢沿いや崩れそうなザレだ斜面の狭い道をロープを助けにトラバースしたり、よく揺れる吊橋を何度も何度も渡ったり、良く言えば変化の多い登山道をどんどん下り、少し登り返したところがヤレヤレ峠というところだった。心底ヤレヤレと思って一休みした。
ここから畑薙大吊橋まではすぐだった。大吊橋は長さ182m、踏み板の巾は20cmほどだ。代わる代わる橋に乗って記念撮影してから、橋を渡りきるまで10分かかった。
大吊橋からは林道歩きである。畑薙ダムの少し上流に車止めがあって、一般車は走らないので気分良く歩ける。大吊橋を振り返ったり、道端のシナノナデシコやアジサイの花を愛でたりしながらぶらぶら歩いて、30分でいくつもプレハブ小屋が建つ車止めに着き、更に15分で畑薙ダムに着いた。バス発車時刻の1時間前だった。ダム管理舎の前で、井川山岳会の人が下山届けの受付をしていた。
蛇口があったので、これからのバスや電車の中で汗臭い匂いを発散しないように、身体を洗い、下着まで着替えてさっぱりとした。静鉄バス、新幹線こだま、常磐線ひたち号を乗り継いで、大甕駅に帰り着いたのは19時30分だった。6日間伸ばし放題の髭面は、丁度泊まりに来ていた孫達に見せてから、風呂に入って一気に剃り落とした。



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