U52.明神ケ岳(九大山岳部OB会に参加して)
1.動 機九大山岳部OB会の幹事さんから春の山行「明神ケ岳」の案内が届いた。この山の会には、5年前にニュージーランドに同行させてもらって以来お付き合いがある。「明神ケ岳」は登ったことがない山だったし、久しぶりに楽しいメンバーの方々にも会いたくなり、メンバーの啓ちゃんは都合悪く不参加だが、会員外参加で申込みをした。 最乗寺から歩き始めて新緑の登山道を登り、明神ケ岳山頂では富士山や箱根方向の展望を食事しながらゆっくりと楽しんだ。下りは宮城野へ降りて日帰り温泉で汗を流してから、アコンカグアへの挑戦や、天空列車体験談など海外山行の報告などを聞かせて貰った。 2.データ a)山域:明神ケ岳(1169m) b)登山日:2007/05/019(土)雨後曇、一時晴(前日発) c)コースタイム: 18日:大甕駅5:48 = 7:37日暮里駅 7:39 = 7:50東京駅7:56 = 8:32小田原駅8:50 = 10:10箱根園 10:30 ---- 10:50山のホテル10:55 ---- 11:05赤い鳥居(昼食)11:30 ---- 12:00恩賜公園一周13:15 = 14:10 小田原駅14:24 = 14:45 大雄山駅 ---- 15:00 しらさぎ旅館 19日:しらさぎ旅館8:30 ---- 8:50大雄山駅 9:15 = 9:25最乗寺9:45 ---- 10:50見張小屋10:55 ---- 11:20神明水11:30 ---- 12:50明神ケ岳山頂(昼食)13:40 ---- 14:25明星ケ岳分岐 ---- 15:40勘太郎の湯17:45 = 18:00 宮ノ下温泉18:07 = 18:40 小田原駅18:47 = 19:23 東京駅19:30 = 19:40 上野駅20:00 = 21:28 大甕駅 d)同行者:九大山岳部OB会(男17、女性6)和子 e)地形図:1/25000 「関本」「箱根」
3.山行記録 (一日目) 集合時間は大雄山駅に朝9時10分であり、これに間に合わせるには、東京発7時56分発こだまに乗らなければならない。朝一番の常磐線に乗っても連絡が危ないので、「前日出発して箱根の駒ケ岳にロープウエーで登り、神山、冠山とを歩いて早雲山駅に降りる」という計画にし、集合場所の大雄山駅近くに宿の予約をとった。 大甕駅を5時48分に出発し、日暮里で乗り換えて東京駅に着くと、7時56分発こだまにぎりぎり間に合った。小田原駅に着いて東口のバス停Dに回ると、切符売りの女性から箱根往復なら3日間フリー乗車券2000円がお得だよと薦められ、フリー乗車券2枚を買って、箱根園行きの伊豆箱根バスに乗った。 バスは箱根駅伝の国道1号を走る。道沿いに立つ"1"だけの青い国道表示も目新しく新鮮な感じがした。テレビ放送で見覚えのあるかまぼこの鈴廣、湯本駅、函嶺洞門などを過ぎると急坂になり、宮ノ下、登山電車の踏切、恵明学園など通って最高点874mまでくねくねとした急坂を登った。テレビで見るよりも坂道の勾配を実感でき、よくもこんなところを走るもんだと感心しながら外を見ていると飽きなかった。 定刻に箱根園に着くと、先にゴンドラ駅に急いだ女性グループが、がっかりした顔で帰ってきた。ゴンドラが運休だという。駅員に尋ねると、「現在山頂では30mの強風があり運転中止している。20m以下にならないと運転できないので、見通しは立たない。」と申し訳なさそうに説明してくれた。女性グループに「歩いて登ろうか」と水を向けたが、とんでもないとそっぽっを向かれてしまった。私も、先日の袈裟丸以来、腰の調子が悪くて歩いて登る自信がなかった。予定のコースは諦めて、近くを散歩することにした。 駅員に教えられて、まずは"山のホテル"のツツジ園に向かって湖水沿いを歩いた。湖畔を20分ばかり歩いて着いた山のホテルでは、広い駐車場に大勢の案内者が付いて車を整理していて、ほぼ満車状態。園内も人でごった返している様子、入園料を800円も払って他人のお庭を見せてもらうこともなかろうと、外から覗いただけで退散した。 少し先に歩くと、湖畔に箱根神社の赤い鳥居が立っていてベンチがあったので、ここで早めの昼食にした。遊覧船や海賊船が近くを通ったりして気分がいいところだった。
シャクナゲやシャガ、ツツジをなどを愛でながら元箱根に向けて歩いていくと、湖畔で釣り竿をたれる人が多くなった。結構大きな鱒が釣れている様に見えた。
高台にある湖畔展望館に入ってみた。一階には資料展示室があり、離宮時代の勉強ができる。伊藤博文の達筆の直筆を見たり、離宮は地震で2度も倒壊したなど勉強した。2階に上がると、ミニながら立派なねぶたが飾ってあった。今までねぶたを見たことがなかったので嬉しかった。ベランダに出てみると目の前に芦ノ湖が広がり美しい景色だ。富士山が見えれば申し分ないところだが、雲に隠れてかすかにしか見えない。
すぐ先にある展望台へ、咲き始めのツツジを見ながら歩いた。展望台には大きな望遠鏡があり、山のホテルのツツジが手に取るように見えた。富士が現れないかとベンチに座ってしばらく待ったが、一向に好転しそうにないので湖畔路に向かった。入口に「階段が多く健脚向きです」の表示があったが、歩いてみると結構な落差の上り下りを繰り返したので、痛めた腰にはきつかった。 正面入口を出ると丁度小田原行きの伊豆箱根バスがやってきた。ここから屏風山(948m)に登るハイキングコースがあるようだったが、富士山が見えないのではつまらないので、そのままバスに飛び乗った。フリー乗車券で小田原まで乗り、大雄山線の電車に乗り換えた。大雄山線は明神ケ岳を巻きながら走る電車で、明神ケ岳、明星ケ岳の格好のいい姿を眺めながら終点まで乗った。 10分ばかり歩いたしらさぎ旅館は、出張者の定宿として使われている古い旅館のようだが、掃除が行き届き床もぴかぴかに磨き上げられていて気持ちのいい宿だった。早く着いたので、女将さんにびっくりされてしまったが、すでに沸いていた大きな風呂に入ってゆっくりと休んだ。そのうち宿泊客も帰ってきて賑やかになり、初日の出の富士山の写真やご主人が撮ったマッターホルンの写真などを飾った食堂で、品数も多い美味しい料理を頂いて満足した。 (二日目) 当日目覚めた時は晴れ間も見えていたのに、7時ごろから雨音がしはじめ、やがて雷鳴も鳴り出した。9時過ぎから天気が良くなるという天気予報を信じて朝ごはんを頂いた。保健所の通達で弁当は作れないとのことなので、コンビニの場所を聞くと車で送ってもらえることになった。雨も降っていたので、この親切はありがたかった。 大雄山駅に着くと、会の幹事Fさん、今回のリーダ役のNさんはじめ半数はすでに到着済みだった。やがて集合時間前の電車が到着すると、一人を残して全員集合し、ニュージーランドで一緒でなかった方々に紹介して頂いた。 登山口は最乗寺にあり、バスで10分である。バスは杉並木のなか、両側をアジサイで覆われた長い参道を走って終点の"道了尊"に着いた。バスを降りると雨も止んでいて、石段を登った境内で準備運動をして歩き始めた。最乗寺はアジサイ寺とも"道了尊"とも呼ばれ、応永元年(1394年)創建の格式の高い永平寺、 総持寺に次ぐ格式のある曹洞宗の寺という。立派な堂宇が立ち並んでいた。登山口近くに赤い大きな下駄が眼を引いた。創建に貢献したという道了という僧が、寺の完成と同時に天狗になって身を山中にかくしたと言い伝えられたことから、奉納された下駄だそうである。
しばらく岩っぽい登山道を30分登ると林道に出て、これを横切って植林の中をさらに30分歩くとまた林道を横切った。2番目の林道を横切ってからすぐに見晴小屋という小さな小屋前に着いた。天気が良ければ目の前に立派な大山が見えるらしいが、今日は濃いガスの中だった。
小屋から少し登ると新緑の雑木林になり、防火帯なのか広く切り払われた気持ちのいい登山道になった。小屋から30分で「神明水」という水場に着き、500ccのスポーツ飲料ボトルを半分飲んで水を補給した。スポーツ飲料との混ぜ合わせでは、美味しいはずの水も味はわからない。 スミレ、タンポポ、ウマノアシガタ、ヤマツツジなど愛でながら気持ちよく歩いていると、やがて深く掘れ込んだ滑りやすい粘土質の急坂になった。これを過ぎるとまたなだらかな新緑のトンネルの道になり、二つ目の水場があって若者のグループが水の補給をしていた。こちらの方が水量が多かったが、こっちは時として枯れることがあるらしい。目の前に明神ケ岳の尾根が見えてくると、周りの新緑が更に新鮮さを増してきてまぶしいほどだ。
宮城野の街に下って、日帰り温泉"勘太郎の湯"に入って汗を流し、貸切部屋で美味しいビールを飲みながら海外遠征者の話を聞いた。南米最高峰アコンカグア挑戦の話、中国天空列車とチベット文化経験談などを巧みな話術で面白く聞かせて貰った。
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