U121.MAC忘年山行(鎌倉アルプスと三浦富士)

1.動 機
和子が風邪をこじらせていて山歩きにご無沙汰していたが、水戸アルパインの忘年登山に一人で参加して、久しぶりの山歩きを楽しんできた。1日目建長寺から歩き始めて鎌倉アルプスを縦走し鶴岡八幡宮まで周回してから油壺のホテルに泊まり、二日目三浦富士から砲台山、武山と縦走して帰って来るというもので、2日とも200mそこそこの低山をゆっくりペースで歩く山行だったが、いつもの仲間とゆっくり歩くのも楽しいものだった。鎌倉は5年前に週末フリー切符で鎌倉を歩いたことがあったので和子は参加しなかった。

2.データ
a)山域:鎌倉アルプス(159m)、三浦富士(183m)、砲台山(204m)、武山(200m)
b)登山日:2007/12/01(土)晴、12/02(日)晴
c)コースタイム:
12月01日:
日立自宅 4:35 = 4:45 日立電鉄南営業所 = 6:00 水戸IC = 6:45 守谷SA 6:50 = 8:40 大黒PA 8:50 = 11:05 朝比奈IC = 9:35 建長寺 9:55 ---- 10:15 勝岩けん ---- 10:30 十三岩 ---- 11:15 大平山(昼食)11:30 ---- 12:00 貝吹地蔵 ---- 12:20 端泉寺 12:45 ---- 13:20 鎌倉駐車場 ---- 市内観光 ---- 鎌倉駐車場 14:45 = 16:05 油壺ホテル(泊)

(鎌倉アルプス縦走ルート)
12月02日:
油壺ホテル 8:10 ---- 8:50 浅間神社入口 ---- 9:15 三浦富士 9:20 ---- 9:40 見晴台 9:45 ---- 9:50 砲台山 9:55 ---- 10:10 武山10:20 ---- 10:50 津久井部落 10:55 = 12:20 横浜中華街(昼食) 14:30 = 佐倉IC = 15:40 守谷SA 15:55 = 16:45 水戸IC = 18:00 日立電鉄南営業所 = 18:10 日立自宅

(三浦富士縦走ルート)

d)同行者:水戸アルパイン会員(男6、女9)、和子は不参加
e)地形図:1/25000 「鎌倉」「浦賀」

3.山行記録
1日目:電鉄営業所まで車で和子に送ってもらって、東海、勝田、水戸と回って水戸ICで高速に乗り、常磐道では筑波山を眺めながら走った。中央環状線を走る頃には霞みが出てきて楽しみにしていた富士山が見えずがっかりし、渋滞にもいらいらさせられたが、湾岸線に出てからは快調に走り出して、鎌倉には予定よりも早めに着いた。建長寺総門前でバスを降りて、通過するだけに拝観料を払って境内に入った。三門、仏殿、法堂とお参りして龍峰院の前まで来ると楓が見事に紅葉していて綺麗だった。
(建長寺から歩き始め)
(紅葉の龍峰院門前)

トイレを使ってから鳥居をくぐると半僧院への石段が始まった。何段あるのか数えてみようと試みたが、面白い仲間の話に気が行って、100段も数えないうちに分からなくなってしまった。烏天狗や大天狗の群像を過ぎてもまだまだ石段は続いた。気温も15度近くあって、長袖の下着でやってきたのが辛くなってきた。
(半僧院の石段から登りが始まる)
(石段は何段続いた?)

半増院を過ぎて少し登ると勝上けんの山頂の展望台、南西には鎌倉の街と太平洋、北東には横浜のランドマークタワーなどビル群と東京湾が見渡せた。
(勝上けんから太平洋展望)
(勝上けんから横浜展望)

ここから多少のアップダウンや、岩が露出したところもあったが、なだらかな道が続いた。十三岩の展望台があったが、視界はそれほどでもない。路傍に頭が壊れた3体のお地蔵さんが祭られたくぼみが二つ続いたり、立派な薬師如来が現れたり、それなりに変化はあったが、すぐ下に民家が見えるのは少々興がそがれる。日立アルプスの方が山を歩いている感じがするが、行き交う人の数は随分と多い。2時間のコースタイムを3時間掛けてゆっくり歩こうとしていたので、どんどんと大勢の人が追い越していった。
小さな急坂を登ると、金網に「標高159m太平山、鎌倉市の最高地点」の標識が取り付けてあった。証拠写真を撮って露岩の急坂を下った広場で弁当を広げた。南には鎌倉の市街が見渡せ、北側には沢山の車が駐車しているゴルフ場の大きなクラブハウスがあった。
(大平山山頂)
(大平山直下の広場)

大平山から下って登り返したところが鎌倉天園で、茶店で休んでいる人も多かった。その前から「鎌倉宮へ」の指標側に少し行ったところに岩場の展望台があり、太平洋側の展望が広がっていた。
ここからは「端泉寺へ」の方向に下り、しばらくは上り下りの尾根道が続いたが、貝吹地蔵のところから急坂の下りになった。時刻はまだ正午ごろ、逆コースで登ってくる人と道を譲り合いながら下っていった。車道に出てすぐのところに端泉寺の入口があり、料金所があった。入場料まで払って見るかどうかと話し合っていると、全員の入場券を買ってくれた親切な人がいて、ぞろぞろと庭園内を一回りした。白い椿の花が新鮮で、紅葉も綺麗だった。
(貝吹地蔵)
(瑞泉寺庭園)

5年前に我家だけで歩いた時は、この端泉寺から朝比奈切通しへと歩いたが、今回はここから街中を歩いて鶴岡八幡宮へ戻った。八幡宮をお参りしてバスの駐車場に入り、ザックを置いて市内見物に出かけた。小町通りをそぞろ歩きしたが人の多さには驚かされた。道も狭いが道一杯に人があふれており、少し脇見していると仲間を見失ってしまう。女性陣はスイーツ屋でコーヒ、男性陣は蕎麦屋でビールで乾杯した。
バスで油壺までドライブし、ホテルで深層水の風呂に入って忘年会となったが、用意された部屋は大広間で、16人の忘年会には広すぎた。幹事さんの部屋に入っての2次会の方が話が見えて、大いに盛り上がった。
(鶴岡八幡宮)
(賑やかに忘年会)

2日目:朝目覚めると眼下の小網代湾の向こうに、今日歩く三浦富士、砲台山、武山の稜線が広がっており、結構距離があるように見えた。
(ホテル窓から見えた三浦富士縦走路)

ホテルとしては早めの朝食を頂いてバスで北上、桜並木が美しい広い通りを走り、巨大なNTTの研究所を過ぎたところに「通研通り」の表示があり、引き返して浅間神社の表示があるところでバスを降りた。脇道に入ってみると車道からは反対向きに「武山ハイキングコース」の道標が立っていて安心はしたが、車道側から見えないのが難点と思われた。
民家と工場の脇の細い道を歩くと、すぐに若宮神社の石柱が現れ、苔むした狛犬や石塔があり羊歯が茂って雰囲気の良い登山道になった。この登山道は予想していた警察犬訓練所からの登山道とは反対方向からの道で山頂まで急登の連続、わずか150mほどの登りなのだが結構きつかった。
山頂に立つとニ等三角点があり、三浦半島が見渡せ、昨夜のホテルがどれだかと憶測が飛んだ。古びた三浦富士の山頂標と大きな浅間神社奥社の石碑があり、反対側に小さな赤い鳥居と二つの石の祠が立っていた。集合写真を撮ってすぐ次に向かった。
(三浦富士への急登)
(標高183mの三浦富士山頂)

少し下って、マテバシイの木が茂る登山道を登り返すと展望台があり、三浦半島の農園地帯や金田湾が見えていた。
(展望台)
(展望台から三浦半島)

ここから200mほど歩いて砲台山の山頂に着くと、そこには海上保安本部の電波施設と大きなアンテナがたっており、その下に山の名前の由来の旧日本軍の高射砲の砲台跡があった。直径10mはゆうにありそうな頑丈な分厚いコンクリート製で、高射砲の反力の大きさを想像させた。分岐まで引き返して次の武山に向かった。
大きなシイの木を見ながら武山山頂に近付くと、巨大なアンテナ塔が見え始め、入口に「武山不動尊東門」があった。門を入った山頂には不動尊の社とアザレヤハウスという展望台と綺麗なトイレがあった。展望台に上がると360°の展望、歩いて来た富士山から砲台山のルートも見えていた。
(砲台山)
(武山山頂のアンテナ)

さすが三浦半島は暖かいのか、道中色々な春の花が綺麗に咲いていて目を楽しませてくれた。
(スミレ)
(ツツジ)
(スイセン)

武山から津久井への下りは、はじめ緩やかな尾根道だったが、途中から急坂の下りになった。三浦富士や砲台山では余り人にも出会わなかったが、こちらでは鎌倉アルプスほどではないが、何組もの登山者に出合った。
津久井部落に下りて完歩の万歳をして、部落に入ると蜜柑園やキャベツなどの農園が多い。その農園の上に歩いて来た砲台山や三浦富士を見返しながら、バスの待つ駐車場まで歩いた。武山は前衛の山に隠されて最後まで見えなかった。
(縦走完歩)
(砲台山と三浦富士)

バスに乗って横浜まで走り、中華店の予約の時間までの時間調整に、バスで市内を観光しながら一回りした。街路樹の公孫樹並木の黄葉が美しかった。予約時間になって中華街に入って、ゆっくりと歩いた昨日、今日の山行を思い出しながら、豪華な昼食に舌鼓を打った。
(横浜の公孫樹並木)
(中華街で美味しい昼食)

横浜を早めに出発したので、首都高も思いがけず無渋滞で通過ことが出来て、茨城には予定よりも1時間も早く帰りついた。1




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