U124.津室山・井殿山ついでに片倉山

1.動 機
12月にもなると高い山には雪が積もってきて我家の実力では無理になり、もっぱら茨城と近県の低山が対象になってくる。津室山・井殿山について登山記録を調べていたら、日記には津室山から日光から那須にかけての雪山が綺麗に見渡せたとあるが、カメラを忘れたとあって展望写真も証拠写真も残っていない。写真がないと二つの山のことを余り思い出せなくて、残念なのでもう一度登ってみることにした。生憎、遠くは霞んで雪山の展望はなかったが、好天に恵まれての陽だまりハイキングになり、ついでに近くの県境にある小さな山、片倉山にも登ってみた。

2.データ
a)山域:津室山(321m)、井殿山(315m)、片倉山(193m)
b)登山日:2007/12/24(月)晴
c)コースタイム:
日立自宅 9:00 = 10:15 こまねぎ峠 10:20 ---- 11:00 津室山11:15 ---- 11:45 井殿山 11:55 ---- 12:30 林道 ---- 12:50 こまねぎ峠 = 13:10 相川(昼食)13:35 =

(津室山−井殿山縦走ルート)
= 14:00 牧場入口P ---- 14:20 片倉山 14:30 ---- 15:15 民家---- 15:40 牧場入口P 15:45 = 17:00 日立自宅

(片倉山周回ルート)

d)同行者:和子
e)地形図:1/25000 「野口」

3.山行記録
我家をゆっくりと出発して、R123から御前山橋を渡って県道39に入り、工事中の御前山ダムを眺めながら付け替えられた新道を走って、津室山への登山口のこまねぎ峠に10時15分に到着した。4年前にはこのあたりから取り付いたはずと、那珂川大橋に向かう道に入ると、左手に数本の踏跡があった。奥の踏跡から登り始めると、はじめは少し藪っぽかったが、すぐに良く踏まれた道になり、ここから先、ところどころに赤や黄色のテープを見ながら歩いた。両側は植林だが、尾根筋は雑木林で、全部落葉しているのでお日様が当たって気持ちが良い。2つピークを越えると目の前に津室山が立ちはだかり、急登になった。一枚脱いで立ち木に掴まりながら直登を頑張るとすぐに山頂に着いた。山頂には三角点標石があり、枝に福田さんの山名板がぶら下がっていた。立ち木の間からだが360°の展望があり、奥久慈男体山から高鈴山辺りが綺麗に見渡せた。残念ながら期待した雪山は雲の中だった。今回の山行中を通して、樹間の展望だったので、展望写真のシャッタは一度も押せなかった。
(山頂近くは急登)
(津室山山頂)

証拠写真を撮ってすぐに次に向かったが、津室山からの下りはやはり急だった。ここを下ってからはまた気持ちの良い尾根歩きが続いた。あちこちにミヤマシキミの真っ赤な実が実っていて綺麗だった。途中、何箇所か分岐があったが、コンパスで方向を見ながら井殿山の下に着くと、また急登になった。こちらはジグザグに切られた登山道があり、立ち木に掴まる必要はなかった。登りきると窓の壊れた古い小屋があり、井殿山山頂はその先だった。ここの山頂にも福田さんの山名板がかかっており、その前で証拠写真を撮った。
(雑木林の尾根道)
(井殿山山頂)

昼食にしても良い時間だったが、落葉が厚く散り敷いた山頂では火気を使うのは危険なので、すぐに下山にかかった。当初は車道歩きを嫌って井殿山に登ってから往路を引き返すことも考えていたのだが、津室山への登り返しで汗をかくのを敬遠して、県道に下りることにした。南に向かって破線の道の方向にはっきりとした踏跡があり、この踏跡が尾根筋にどこまでも続いていて歩きやすかった。
途中尾根が三方向に分かれるところがあり、破線の道は西に曲がるが、それに従うと県道39に下りるので車道歩きが長くなる。直進方向と左方の尾根にも踏跡があり、直進してみたが藪になってきたので左方に向きを変えた。この踏跡もやがて怪しくなり、地形図を見ると左下の谷に実線の道が伸びてきている。これに下りようと急斜面をずるずると下っていくと、向かいの斜面に林道が見えてきた。小さな沢をまたいで登り返して林道に上がって、やっとらくらくハイキングになった。林道を500m歩いて県道246に出たが、林道入口には鎖で車止めがしてあった。
こまねぎ峠の車に戻って、次に片倉山に登ることにした。地形図には片倉山への登山道の表示はないが、南東に伸びている尾根が歩きやすそうに見えた。そこに向かう途中、R39に出たところに「荒沢不動の滝」の立札を見つけて停車してみたが、水が枯れて黒い崖だけがそそり立っていた。相川部落の先の旧道が上がっていたところが広くなっていたので、バーナを出して暖かい昼食を作った。通る車が殆どなかったので、ゆっくりと休めた。

昼食後、R212を西走して岩戸部落の天照皇大神宮のところから山手の細い道に入った。予定のところまで走ると、右手の道に「公共放牧場」の看板があり、ゲートが閉まっていて、「関係者以外の立ち入り禁止」の表示があった。直接尾根に攀じ登れないこともなさそうだったが、今の季節、牛を放牧してはいないだろうとゲートの横を通って中に入ると、広い牧場が広がっていた。牧場の広い道を少し入ったところから尾根に上がると山道があった。
20分も歩くと山頂だった。三枚の山名板がぶら下がっていたが、それぞれ190m、193m、195mと全部異なっていた。地形図の表示は193mで「栃木の山紀行」の名が入った白い名板の数値だった。
(登り始めは牧場から)
(片倉山山頂)
証拠写真をとって、下山にかかった。何も考えないで尾根筋の歩きやすそうな道を下ったが、しばらく歩いてコンパスを確認したら南を向いていた。これでは栃木県に下りてしまう。引き返して反対方向の尾根に向かった。こちらは頼りないかすかな踏跡があるだけ。片倉の名前の通り片方の左手が崖になっていて、躓いて転んだら50m以上まっさか様になりそうで気持ち悪かった。踏跡も消えたところでは少し右側の植林の中の急斜面をトラバースして歩いた。
(下りは藪漕ぎ)

崖を過ぎてからしばらく歩くと、目の前に広い道が現れた。地形図の破線の道のようだ。これで無事車に帰ることが出来ると安心したが、早計だった。だんだんと篠竹が生える道になり、倒木も横切りだした。ついには篠竹が繁茂して行く手を完全に遮った。右に避けようと踏み込んだが、どこまで行っても密集した背よりも高い篠の竹藪が続き、その上随所に倒木が倒されたままになっており、蔓が足を引っ張り、茨の棘が掻き分けようとする手を刺してくる。悪戦苦闘すること30分(?)、「茨城の山で遭難だ」と冗談っぽく言いながら進んだが、一時はどうなることかと正直心配した。篠竹の丈が低くなって、やっと下に民家が見えてきた時には心底ほっとした。民家の奥で広い道に飛び降り、あとは民家の前を通り過ぎて舗装道を200m歩いて車道に出て更に500m歩いて車に戻った。久しぶりの藪漕ぎ山行で体のあちこちが痛くなった。




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