V104.裏那須(流石山・大倉山・三倉山)縦走

1.動 機
那須を歩く時、歩いたら気持ちが良さそうななだらかな稜線が北の方に見える。流石山から大倉山、三倉山と続く裏那須連山だと聞いた。一度は下山さんの仲間とこれを歩く計画があったが、天候が優れず中止になった経緯がある。その後も歩きたい気持ちが続いたがなかなか実現せず、水戸アルパインの山行計画に入れてもらえるようお願いしていたら、やっとこの度実現の運びになった。
下山、大矢御夫妻を含め26名、水戸アルパインとしては久しぶりの大所帯で、展望と紅葉を眺めながら賑やかな山歩きを楽しんだ。
(峰の茶屋から見る裏那須連山)

2.データ
a)山域:流石山(1813m)、大倉山(1885m)、三倉山(1888m)、唐沢山(1692m)
b)登山日:2008/10/25(土)曇、26(日)曇
c)コースタイム:
25日:日立自宅 18:25 = 18:35 日立電鉄南営業所 19:00= 19:25 勝田駅 19:30 = 美和道の駅 = 23:10 道の駅たじま 23:25 = 23:45 よしもと屋 8:25 (泊)
26日:よしもと屋 5:40 =(バス)= 6:10 観音沼 6:25 =(タクシ)= 6:55 林道終点 7:05 ---- 7:45 大峠 7:50 ---- 9:05 流石山 9:15 ---- 10:10 大倉山(軽食) 10:40 ---- 11:15 三倉山(昼食) 11:45 ---- 12:40 唐倉山 12:50 ---- 15:20 上の坪 15:30 = 16:10 甲子温泉(入浴) 17:00 = 20:15 水戸駅 = 21:00 日立電鉄南営業所 21:05 = 21:15 日立自宅
d)同行者:水戸アルパイン会員(男10、女12)、大矢夫妻、和子
e)地形図:1/25000 「那須岳」「甲子峠」
(裏那須縦走コース)


3.山行記録
(1日目:アクセス)
前夜、大矢夫妻と一緒に日立電鉄南営業所でバスに乗り込んで出発し、東海、勝田、水戸、那珂町と仲間を乗せて会津に向かった。バスが出発する時になってザックがないのに気がついて大急ぎで我家に引き返したので、バスの出発を20分遅らせてしまい、後の仲間にはバス待ちの間心配をかけてしまった。大矢さんには「登山に行く人がザックを忘れるなんて聞いたことがないよ。」と最後まで笑われっぱなしだった。美和道の駅、田島道の駅で休んで、田島檜沢のお馴染みの民宿よしもと屋に深夜に着いて、朝までぐっすりと寝させてもらった。

(2日目:アクセス)
早朝にもかかわらず用意された豪勢な朝食をご馳走になり、大きな弁当をリュックに入れてバスに乗り込んだ。バスは国道から大峠林道を奥に向かったが、バスが入れるのは観音沼まで。ここに予約してあったタクシ2台とジャンボタクシ2台が待っていた。観音沼は紅葉の名所らしく、大勢のカメラマンが三脚を構えて日の出を待っていた。トイレを使ってタクシに乗り換えて更に奥に向かったが、日暮滝辺りから舗装も切れ、道が荒れてきた。この道に慣れている運転手さんはゆっくり慎重に運転して行ったが、車はよく揺れた。
林道には杭が立ててあって終点になり、ここでタクシを下りて準備運動してから歩き始めた。このあたりの紅葉はもう盛りが過ぎていて、落葉を踏みながら歩いていった。
(観音沼)
(林道終点)

山道は始めは広い道だったが、やがて登山道らしく登ったり下ったりが始まり、途中「旧道」の立札から谷に下る道が別れていたが、トラバース気味の新道を進んだ。右に流石山の堂々たる山容が聳えており、あそこまで登るのかと思うと随分と高く見えた。
目の前が明るくなると大峠で、向かいに隠居倉が立派に見えていた。ここには4方向の道標があり、流石山、三本槍岳、三斗小屋温泉への道が分かれる。一休みして流石山への笹原の中の登りにかかったが、始めはなかなかの急登で汗を搾られた。
(林道終点から大峠へ)
(大峠から流石山へ)

中腹まで登ると緑の笹のほかに紅葉した草紅葉が彩りを添えるようになった。後ろには那須連山が見渡せるようになり、立ち止まっては振り返りを繰り返しながら登っていった。那須連山の左には、来週登る予定の二こぶの二岐山と小白森も見えてきた。
回り込んだところが流石山の山頂で山名標柱と三角点があり、展望を楽しみながら一休みした。
(流石山中腹から展望を楽しむ)
(流石山山頂)

三本槍から茶臼岳、白笹山の那須連峰の右下に沼原湖と深山湖が見えていた。開発に苦労した世界初の500m級ポンプ水車の沼原発電所の上ダムと下ダムで、この発電所には現役時代何度も足を運んだ。この二つのダムを一緒に眺めたのはこれが初めてで、感激しながら眺めいった。
(那須連峰展望)

向かう方向には大倉山から三倉山への稜線が延びており、気持ちのいい稜線歩きが出来そうで嬉しい眺めだった。
(大倉山−三倉山の稜線)

流石山から急坂を下って、向かいの笹原の山に登り返し、小さなこぶを二つ越えた鞍部に「五葉の泉」の立札のある小さな池があった。ここから振り返ると朝日岳の岩山も頭を出していて一枚の絵になった。
大倉山に近付くと冷たい風が吹きはじめて、みんなヤッケを着込んだ。登きったところが大倉山で、ここもなかなかの展望地、日光辺りから越後までの山々が広がり、吾妻連峰の手前には磐梯山と猪苗代湖も見えていた。展望を楽しみながら宿の弁当を広げて半分頬張った。
(五葉の泉と那須連峰)
(大倉山)

大倉山から行く手を見ると、三つ目のピークに三倉山が鋭く立ち上がっており、右斜面は深く切れ落ちていて、那須連峰から眺めたときには思いもかけなかった裏那須の荒々しい景観だった。
二つのピークを越えて急坂を登りきって三倉山の山頂に着いた。ここには「20年7月の山開き記念」として真新しい山頂標柱と石の祠があった。北側の展望が更に良くなり、御神楽など大きな山々のほか、近くの見明山、小野岳など登ったことのある小さな山も確認しながら弁当の半分を頂いた。
(三倉山へ)
(三倉山山頂)

ガイドブックではこの三倉山からは藪道になるとあったが、土地の方々が山開きに合わせて手入れされたようで、この先にも立派な登山道が伸びていた。
唐沢山の手前に一ノ倉の峰が思いがけず大きく見え、これを越えると急坂の下りが始まった。途中少し平坦な道を辿ったところが唐沢山だった。
(一ノ倉の向うに唐沢山)
(唐沢山)

唐沢山からはひたすら下る道だった。落ち葉の下に木の根っ子が隠れていて、これを踏んでは転びそうになる。下るに連れてだんだんと気温も上がり、ヤッケも脱いで慎重に足を運んだ。
足場は良くないが周りに紅葉が見られるようになり、休んではシャッタを押しながら下っていった。
地形図では唐沢山からは尾根筋を真っ直ぐ下るようになっているが、下の左の写真のところで左に別れる道があり、こちらの方が良く踏まれているようなので左に曲がった。良く歩かれた道がはじめトラバースし、谷筋に入ってからは少しガレ気味のところもあったが、平地まで立派な登山道が谷筋に続いた。
2時間も急坂を下ってやっと林道に出たときにはほっとした。振り返ると斜面一面の紅葉が綺麗だった。
(紅葉の中を下山)
(やっと林道に出た)

林道を暫く歩いて神社のところに出ると、ここまでバスが迎えに来てくれていた。バスに乗り込み、R289を走って完成したばかりの甲子トンネルを通過し、甲子温泉の日帰り温泉でゆっくりと汗を流してからR349で茨城に帰ってきた。




inserted by FC2 system