X58.岩櫃山

1.動 機
岩櫃山はかって同期会山歩きの候補になったが沙汰やみになり、その後草津や志賀高原に向かう途上の国道145号から眼前に聳える岩肌を眺めながら、ずっと気になる山になっていた。この度、九大山岳会の春の山行で四阿山を歩くことになり、その前日の嬬恋村までの道すがら登ってみることにした。2時間ほどで歩ける小さな山だが、色々な岩場が続いて期待に違わず面白い山歩きを楽しむことが出来た。

2.データ
a)山域:岩櫃山(803m)
b)登山日:2010/05/29(土)曇
c)コースタイム:
(アクセス)日立自宅 5:50 = 6:00 日立南IC = 7:05 佐野藤岡IC = 7:35 太田桐生IC = 7:45 波志江PA(朝食) 8:20 = 8:40 渋川伊香保IC = 10:05 平沢登山口一本松駐車場
(歩行)平沢登山口 10:25 ---- 10:35 城址道合流 ---- 10:50 五合目 ---- 10:55 天狗の蹴上げ岩 ---- 11:10 八合目分岐 ---- 11:20 展望岩 ---- 11:30 岩櫃山頂 11:40 ---- 11:45 展望岩----(巻道) ---- 11:55 八合目分岐 ---- 12:05 赤岩分岐 ---- 12:25 岩櫃城址 ---- 12:35 一本松駐車場
(四阿山へ)一本松駐車場(昼食)13:10 = 13:25 岩櫃城温泉(入浴) 15:00 = 16:00 嬬恋自然休養村(九大山岳会会合・泊)
(岩櫃山登山ルート)
(岩櫃山登山ルート標高差)

d)同行者:和子
e)地形図:1/25000 「群馬原町」

3.山行記録
1)アクセス
朝6時前に我家を出て、いつものように日立南ICから高速に乗り、北関東道の波志江PAで朝食をとり、関越道の渋川伊香保ICで高速を降りた。ここからは亀楽会で草津に向かった時のルートを走り、途中原町の先で地方道に入ろうとしたが、道は工事中で全面通行止め。工事屋さんに迂回路の地図をもらい、狭い道をコニファー岩櫃まで大回りし、道々土地の人に道を確認しながら走って、登山口には10時過ぎに到着した。家を出てから4時間以上たっていた。
2)歩行
登山口には立派な休憩舎も建っており、岩櫃城址や岩櫃山登山の案内板が立っていた。トイレのある広い駐車場は一本松駐車場と呼ばれているようだが、名前の通り駐車場内に一本の松が立っていた。土曜日のこの時間にも先着の車はなかった。
休憩舎の中にあった色々な資料を読んでから、身支度をして登山口の標柱の間を通って登山道に入った。
(一本松駐車場)
(平沢登山口)

すぐに岩櫃城址への道が左に別れたが、今日は城址は下りに見物することにして、沢コースを登っていった。植林の中の平らなハイキング道を歩いて行くと「志摩小屋(水曲輪)」の標柱が立っていたので、沢沿いも一部は城址の領域なのだろう。やがて丸太の階段になり、その先に「城址へ0.1km、山頂0.9km」の道標があり、ここまでが城址公園周遊路らしい。
道標を過ぎるとゴツゴツと岩がころがる谷間の道になり、両側には大岩が迫ってきて薄暗くなり岩山らしい雰囲気が出てきた。苔むした岩の上に五合目の石の標柱があったが、この標石もしっかりと苔むしていた。
(始めはハイキング道)
(だんだんと巨岩の谷間に)

大石のゴロゴロする谷間を登って行くと、郷原駅からの道(赤岩通り)が左から合流し、すぐに目の前に高い大岩が立ちはだかった。標柱には「天狗の蹴上げ岩」とあり、その周りを巻きながら梯子と鎖で登って行った。
ここから先にも岩場が続いたが、足元は固く、鎖やロープもあるので危なくはない。
(天狗の蹴上げ岩)
(岩場が続く)

何ヶ所か岩場を越えると八合目の標柱があり、その先で道が二股に分かれた。左はなだらかな巻道のようなので、変化がありそうな右の尾根に向かってみた。
その先は岩尾根になり、瘠尾根を攀じ登るルートになったが、岩の表面がゴツゴツとしていて滑らないので問題なし。上から男女6人のグループが賑やかに下ってきたが、この人達も大きな段差があってもキャーキャーと騒ぎながら楽しむように下って行った。
(八合目分岐)
(岩尾根から展望岩へ)

岩尾根を登り切ったところは平らな岩の上で、周りを鎖で囲って展望台になっていた。天気が良ければ回りの展望も良さそうなところだが、今日は近くの街並みが見えているだけだった。
すぐ先に岩櫃山の山頂が見えていた。山頂は突き出た垂直に近い岩壁の上にあり、20mもありそうな鎖が2本ぶら下がっている。緊張が湧いてくる。
(展望岩から岩櫃山展望)

展望岩からの下りも落差が10m以上ある岩場で、鎖と梯子で慎重に下る。その先の岩は、左をへつる狭い足場で通過した。
(一旦下り)
(岩をを巻いて)

へつりを過ぎ岩の尾根を10m歩くといよいよ山頂への岩登りだ。どうやって登ろうかと眺めていると、和子はさっさと鎖を掴んで登り始めた。後ろを振り向いて「問題なしだよ」とにっこりしている。たしかに、足場はしっかりしているし、滑りにくい岩なので誰でも登れそうだ。
(瘠尾根)
(岩櫃山頂への鎖場)

山頂に登り着いたが、ここでも展望は利かない。早速ツーショットの証拠写真を撮ろうとしたが、シャッタを頼める人はいない。狭い山頂に三脚を構えたが、セルフタイマーの作動前に岩に登ってポーズをとるのが忙しかった。。
(狭い岩櫃山山頂)

しばらく山頂で周りを眺めながらゆっくりとしていると、向かいの展望岩から8人ほどのグループの声が聞こえてきた。この山頂は大勢が居る場所ではないので、すぐに下ることにした。岩場を下ってグループをやり過ごして岩場を登り返すと、展望岩には一人の男性がいた。「ひどい高度恐怖症なので山頂には登れない。ここでみんなの帰りを待っている」とのこと、ここまで来て山頂に登れないのはさぞや残念なことだっただろう。
上りは岩尾根を登ったが、下りは巻道を歩いてみることにした。小さな段差を下るとすぐに平らな巻道になった。岩尾根の下を巻くと九合目の道標があり、ここからは更に歩きやすい草地の道になった。
(早々に下山開始)
(展望岩からは巻道)

八合目で登って来た道と合流し、何ヶ所かの岩場を下って天狗の蹴上げ岩を通り過ぎたところに沢コースと尾根コースの別れがあった。尾根コースを下るべく道標の「岩櫃城本丸跡」に向かうと、少し先には「郷原駅へ3.8km」の分岐があった。一本松駐車場に他の車はなかったので、山頂近くで出合った人達はみんな郷原駅から歩いてここへ登ってきたのだろう。
ここから尾根コースを下ったが、登山道は手入れが行き届いており歩きやすかった。途中、「岩場あり」と「迂回路」の分岐道標があって「岩場あり」を下ったが、どこが岩場だったのかよく分らないうちに城址公園に着いてしまった。
城址には(鎌倉時代に吾妻太郎により築城、斉藤氏、武田氏、真田家の所領となり、家康の一国一城令が出るまで400年続いた名城)と書いた「岩櫃城由来記」が立っていた。本丸跡、北枡形虎口、御邸跡、二の丸跡、中城跡と沢山の標柱が立っていたが、古い建物や城壁があるわけではなく、休屋やベンチがところどころにあるだけだった。
(尾根コースを選択)
(岩櫃城址公園)

駐車場に戻ったのは12時35分、歩き始めてから2時間10分だった。九大山岳会の会合に汗臭いままで出席はできないので、昼食を済ませてから、国道沿いの岩櫃城温泉に立ち寄って汗を流した。お城のような立派な建物の中のお手頃値段の温泉で、露天風呂やサウナにも入ってゆっくりとした。
さっぱりとしてR145を嬬恋に向かうと右手に岩櫃山が見えるようになり、郷原駅の前に車を停めて登ったばかりの感慨を込めてシャッタを押した。
(岩櫃城温泉)
(郷原駅から岩櫃山)

今日の宿舎の嬬恋自然休養村には集合時間の16時半をにらんで16時丁度に到着したが、九大山岳部OB会の皆さんはすでに研修室で歓談中だった。準会員として入会を認められたばかりの新人が一番遅くに到着して、すぐに打ち合わせが始まった。


inserted by FC2 system