X59.四阿山

1.動 機
九大山岳会のOB会関東支部では毎年、春と秋に集団登山が行われる。今回は嬬恋自然休養村に宿泊して、東麓から四阿山を周回するコースだった。四阿山は10年以上も前の定年退職時に会社のファミリー登山に参加して鳥居峠からピストンし、その下りを山岳部の若手と競争して下って膝を痛め、その後サポータなしでは山歩きが出来ない身体になってしまった因縁の山である。OB会の山行に度々参加させてもらった実績を認められ、今回、準会員として入会を認められたこともあり、この因縁の山に再挑戦する積りで参加させてもらった。
参加者は26名、前日、宿で山岳会本部の動向報告、60周年記念のネパール山行の計画紹介、NZトレッキングの報告などの会、続いて夕食会、2次会で懇親を深めて、朝から和気あいあいの山行が始まった。

2.データ
a)山域:四阿山(2354m)、浦倉山(2091m)、茨木山(1619m)
b)登山日:2010/05/30(日)曇
c)コースタイム:
嬬恋自然休養村 8:00 = 8:05 スキー場 8:20 ---- 9:00 野地平入口 ---- 10:30 浦倉山 10:40 ---- 12:30 分岐(昼食) 13:00 ---- 13:25 四阿山山頂 13:30 ---- 13:50 分岐 13:55 ---- 15:10 鬼岩 15:15 ---- 15:55 茨木山 ---- 17:00 茨木山登山口 17:05 = 17:10 スキー場 17:15 = 17:20 バラキ湖駐車場 17:40 = 18:45 浅間山荘(泊)
(四阿山登山ルート)
(四阿山登山ルート標高差)

d)同行者:九大山岳会会員24(男19、女5)、和子
e)地形図:1/25000 「四阿山」

3.山行記録
早めに用意してもらった朝食を済ませ、宿舎前で集合写真をとってから、車でやってきた人の8台の車に分乗してパルコール嬬恋スキー場の駐車場に向かった。駐車場はガスで端が見えないほど広い。十分に準備運動をしてから歩き始めた。
スキー場の脇の広い道をゆるやかに登って行くと「浦倉山・野地平登山口」の標柱があり、林の中に入って行った。
(広い駐車場で準備運動)
(始めスキー場の道を登る)

野地平入口を過ぎ浦倉山までところどころ木道や木の階段が設置されているが、道はあくまでもなだらかで気持よく登って行った。
道の脇には、色々なスミレ、ミツバオウレン、ショウジョウバカマなどが賑やかに咲いており、目を上にあげるとオオカメノキやミネザクラも咲いていた。
(オオカメノキ)
(ショウジョウバカマ)

30分に5分づつ、きっちりと休憩を入れながら2時間10分歩いて浦倉山の山頂に到着した。高みでは別のグループも休憩していた。天気が良ければ展望も楽しめるのだろうが、今日は濃いガスに囲まれて何も見えない。小休止で四阿山への尾根歩きに向かった。
浦倉山から15分歩くと、ガスの中にぼんやりと黒い建物が見えてき、少し先に「ゴンドラ駅舎」の標柱があった。ゴンドラが運転されていれば、ここまでの2時間程の登りを省略できたわけだが、ゴンドラは7月にならないと運転されないらしい。
(浦倉山山頂)
(スキー場山頂駅)

ここまでもところどころで残雪を踏んできたが、尾根道を雪が覆うようになってきた。夏道が隠れているので、リーダはルートファインデイングが大変そうだった。進行速度が落ちてきたと思ったが、四阿山と茨木山(バラキ山)との分岐まで30分おきにとられた小休止を入れても2時間足らずで歩き、週刊百名山のコースタイム2時間よりも早かった。展望も利かないので、みんな脇見もしないでせっせと歩いたからかもしれない。
(尾根にはたっぷり残雪があった)

四阿山に登る分岐点に来て昼食休憩になった。思い思いに陣取って宿で作ってくれたおにぎり弁当を広げたが、あちこちから各地の名物のお裾分けが回ってきて賑やかな昼食になった。
ここから四阿山まで高度差100mの往復を辞退する人が5人おられたので、昼食後ここで全員の集合写真を撮ってから、ザックをここにデポして空身で登り始めた。
始め少しだけ急登すると気持のいいなだらかな尾根歩きになったが、その先で岩場の急坂になった。足元に可愛いヒメイチゲやコケモモが咲いていて、頑張る私達を慰めてくれた。
(分岐点で全員の集合写真)
(山頂まで岩場が2ヶ所)

岩場を頑張ると、山頂の手前に二等三角点があった。三角点の標高は2332.9mで山頂より20m低く、その先でまた急な岩場を登り切ったところが山頂だった。山頂の祠のそばに別ルートから登ってきたグループの人達がたむろしていた。
下で待っている人もいることだし、展望も全くないので、山頂での各自の証拠写真や登頂者全員の集合写真を撮って早々に下山にかかった。
(2等三角点)
(四阿山山頂)

分岐点まで下りると待っていた5人の人達は1時間近くもじっとしていて随分寒い思いをされたようだった。すぐに茨木山に向かって出発した。転げ落ちそうな急坂が続いて、こっちから登ったら大変だったなあと思いながら、立木に掴まりながら下って行った。ところどころには段差の大きい難所もあって、何度も渋滞が続いた。
気持のいい尾根歩きと小さなピークを越えた先に「天然記念物・鬼岩」の標柱があったが、地形図の鬼岩の位置よりも随分と下だった。どれがその岩かと周りを見渡したが、それらしき岩は見えず、その先の段差を下ると大きな岩の脇をトラバースする道になり、その長く続いた岩が鬼岩だと見てとった。適当にシャッタを押した写真を見ると、何か鬼の顔に見えないでもなかった。

(分岐点からは急な下りが続く)



        (鬼岩)⇒

茨木山にもなかなか着かない。長い下り道を延々と歩いたが、高度が下がってきた所為か花の種類が多くなって、足元にはイワカガミやイワナシ、ガンコウラン、ツバメオモトなどが咲き、脇にはアカヤシオやミツバツツジ、ミネザクラ、コヨウラクツツジなど賑やかに咲いていて、展望のない分を補ってくれた。
(イワカガミ)
(ミツバツツジ)

やっと茨木山に着いたが、途中の難所で時間がかかったりして、今日中に電車で帰宅するには急がなければならない時間になっていて、立ち止まることもなく通過した。
茨木山からも急な下り坂が続き、これを下り切ると小さな沢を朽ちた丸太の橋で渡った。
(バラキ山通過)
(急降下が続く)

徒渉の後少し登り返してからはなだらかなハイキング道になり、立派な吊橋を渡ってクリンソウを愛でるとすぐに車道に飛び出した。看板には「茨木・吾妻山歩道入口」となっていた。スキー場から歩き始めて8時間40分、みんなで完歩を喜び合った。山行計画を立て、宿舎の手配、山行を常にリードしていただいたWさん、ありがとうございました。
(吊橋)
(やっと登山口)

当初はここでバラキ湖畔の湯で汗を流すことも計画にあったが、もうその時間はない。Wさんの折衝で、昨夜の宿のマイクロバスで8人の運転手をスキー場まで送ってもらい、8台の車を登山口に戻した。ここから車に分乗してJRの駅まで移動するのだが、我家は次の日浅間山(先日レベルが1に下がったので前掛山まで登れる)に登る積りで浅間山荘に予約をとっていて方向違いでお役に立てなかった。幹事のMさん苦労の采配で、見事全員が乗る車の割り振りが決まって解散になった。
車のナビに天狗温泉への最短ルートを指定して走ったら、随分と狭い道も走らされたが、1時間少々で宿に到着して、暖かい夕食にありつくことが出来た。


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