X92.大台ケ原山と大峰山
(近畿の百名山のピークハント)

1.動 機
大台ケ原と大峰山は久弥の百名山に名を連ねているが登るのは優しい山だと聞いていたが、奈良と言う茨城からはアクセスしにくいところにあり、登りたい山候補には入っていなかった。学生時代に友人に連れられて登った様な気がするが、どこからどのように登ったのか記録も残っていないので、改めて登ってみることになった。ETC休日割引1000\を活用し、宿も三連休で予約がとれなくて車中泊になり、年金生活者らしく超エコの登山計画で出かけてきた。大台ケ原も大峰山もシャクナゲの季節や紅葉の季節が最高らしいが、今回はこれからは季節外れだったが、代わりに3連休にしては割合静かな山歩きになり、好天に恵まれて素晴らしい展望を楽しむ山歩きが出来た。

2.データ
a)山域:日出ヶ岳(1695m)、弥山(1895m)、八経ヶ岳(1915m)
b)登山日:2010/09/18(土)晴、19(日)晴
c)日程:
9/17:日立自宅 = 日立南IC = 嬉野PA(車中泊)
9/18:嬉野PA= 久居IC=大台ケ原駐車場----日出が岳周回----駐車場= 川上村(泊)
9/19:川上村=行者環トンネル----弥山----八経ヶ岳----行者環トンネル=道の駅室生(車中泊)
9/20:道の駅室生=久居IC=日立南IC=日立自宅
d)同行者:和子
e)地形図:1/25000 「大台ケ原山」「弥山」

3.山行記録
1日目:アクセス
日立自宅 8:20 = 8:40 日立南IC = 9:45 佐野藤岡IC =(R50)= 10:25 太田桐生IC = 10:40 波志江PA 10:50 = 11:50 佐久平PA(昼食) 12:20= 13:45 小黒川PA 14:00 =(東海環状)= (伊勢湾岸道)=16:30 湾岸長島PA 16:40 =(東名阪)= 17:20 安濃SA(夕食) 19:20 = 19:45 嬉野PA(車中泊)

いつもの時間に起きだして朝食を食べてETC通勤割引に間に合うように8時20分に我家を発車、ガソリンを満タンにして日立南ICから高速に乗った。今日は平日なので、この時間帯は高速もR50も空いていてすいすいと走って、昼前に着いた上信越道の佐久平PAで昼食を摂った。その後、浅間山や北アルプスを眺めながら走って小黒川PAで休憩、南アルプスを展望してどんどんと走って、土岐JCTから東海環状道に入った。うっかり名古屋環状道にはいると平日料金になって15000\もかかってしまう。東海環状道に入ると少し遠回りだが、豊田IC辺りから伊勢湾岸道路にかけては3車線道路、みんな100km以上で走っている。長島PAで湾岸道の風景を楽しみながら小休止し、一部東名阪道を走り、伊勢道に入って17時20分に安濃SAに到着した。
今夜は安濃SAで給油、夕食、車中泊して、明日の休日になってからすぐ先の久居ICで1000\を払って高速を降りる積りでいた。ところがガソリンスタンドがSAからの出口道路にあって、給油するとSAに戻ってこられない。案内所にガソリンスタンドの営業時間を尋ねると、夜は22時まで朝は7時からとのこと、親切な案内嬢はR156沿いも色々と調べてくれたが早朝営業のGSは近くにはなかった。大台ケ原まで一般道を120km以上走らなければならないので、これでは大台ケ原の駐車場に着くのは10時を過ぎて満車になってしまうかもしれない。困っていると案内嬢から提案あり、「今夜ここで給油して次の嬉野PAで車中泊し、明日その先の松坂ICで下りて上り線に乗り直してくれば、今は伊勢道が無料実験中なので無料で久居ICまで引き返してくることが出来ますよ」とのこと。この提案を即採用、ゆっくりとレストランの夕食を頂き、明日の朝食を買い込み、ガソリンを満タンにして次の嬉野PAに入った。ただ、車中泊した嬉野PAの駐車場は狭く、一晩中すぐそばに本線の走行音が響いて熟睡できたとは言い難い夜だった。


2日目:大台ケ原
嬉野PA 4:00 = 4:05 松坂IC 4:05 = 4:15 久居IC = (一般道)= 6:00 道の駅川上 6:10 = 7:05 大台ケ原駐車場(朝食) 8:20 ---- 8:50 展望台 8:55 ---- 9:00 日出ヶ岳 9:25 ---- 9:40 正木峠 ---- 10:00 正木ヶ原 ---- 10:15 尾鷲ノ辻 = 10:25 牛石ヶ原 10:30 ---- 10:35 分岐 ---- 10:45 大蛇ー 10:55 ---- 11:00 にせ大蛇ー 11:10 ---- 11:15 分岐 ---- 11:45 シオカラ谷吊橋 ---- 12:15 大台ケ原駐車場(昼食・ビジタセンタ) 13:10 ---- 13:10 苔観察路周回 13:30 ---- 13:30 大台ケ原駐車場 13:40 = 14:50 川上村朝日館(泊)
(大台ケ原山登山ルート)

(大台ケ原山登山ルートの標高差)

嬉野PAを4時に発車し、松坂ICで高速を下りると料金は見込み通りに1000\だった。Uターンして上り線に乗り、二つ目の久居ICで下りた時はETC料金は0\を示していた。気分良くしてR165を走ると、この道も思ったよりも広い道で、早朝のことで走る車も少なく快適なドライブだった。
R169に入って今夜車中泊予定の川上村の道の駅に立ち寄って下見がてら休憩した。ここからは曲がりの多い登りの道になり、いくつものトンネルを過ぎて大台ケ原ドライブウエーに入った。大台ケ原ドライブウエーは20kmの道だが、始め半分の道幅が狭くて対向車が来たら長いバック運転を強要されそうだった。幸い対向車は全くなく、7時過ぎに無事駐車場に到着した。駐車料金は無料。3連休の事なので相当な混雑を心配していたのだが、駐車していたのは数えるほどで広い駐車場はガラガラだった。拍子抜けしたので、綺麗な有料トイレを使って朝食もゆっくりと食べ、歩くコースの復習をしたりして身支度をして歩き始めたのは8時20分になっていた。
東大台の登山口はビジターセンタの左にあり、入口にはコース案内の地図のほか、「つきのわぐま出没」の注意札もあり、近畿地方にまで熊が出るとは思ってもいなかったのでビックリした。大勢が歩くルートを歩くのだから心配ないだろうと思う事にした。その他、大台ケ原の森林衰退の現状とその対策についての説明があり、伊勢湾台風の被害以後、鹿の食害やミヤコザサの繁茂、ドライブウエーの開通による入山者の激増などで回復が進んでおらず、登山道の整備などで対策しているとの説明があったが、東大台コースを一回りする間にこの惨状を目の当たりにすることになった。
(大台ケ原駐車場)
(東大台登山口)

歩き始めると、始めはなだらかな道が続き、周りは樹木に覆われて直射日光が当たらなく涼しくて気持のいいハイキングだ。説明板では森の主力はトウヒだとのことで、これを保護するためだろうか、一本一本に鹿食害防護の金網が巻かれNo札が取り付けられていた。登り道になる手前まででNoは1000を数えていた。
林床はミヤコザサに覆われているが、ササは小さい。増加している鹿の好物で大きく成長する前に食べられてしまうためらしい。そういえば、今朝ドライブウエーを走っているときにも鹿に2回遭遇した。
(トウヒの森)
(ミヤコザサ)

階段状の急坂を登り切ると目の前が開けて、その先に広い展望台が出来ていた。眼下に志摩半島から熊野灘が見え、入り江や島の織りなす風景が広がっていて気持ちのいい風景だった。条件が良ければ富士山も見えることもあるらしいがとても無理、熊野灘は霧の多いところで海も見えない日も多いらしいから、今日はラッキーなのだ。
左上に日出ヶ岳の山頂が見えていたが、山頂部の木立は殆んど枯れて白い幹が目立っていた。
その山頂への登りは立派な板の階段で出来ていた。登り切ったところで、息切れして座り込んでいる男性がいたが、階段道を登るのは辛いものだ。
(熊野灘展望台)
(山頂への階段道)

山頂にはこれまた立派な展望台が建っており、その下に山名標柱と一等三角点があって、その前で証拠写真を撮った。
(日出ヶ岳山頂展望台)
(一等三角点)

展望台の上に上がると、360°の大展望が広がっていた。西には大峰山の山並みが並んでいたが、不勉強でどれが何と言う山かさっぱり分からない。説明板を見ると左から大搭山、法師山から涅槃岳、天狗岳、大日岳、釈迦ヶ岳、孔雀岳、仏生ヶ岳、明星ヶ岳、八経ヶ岳、弥山、行者還岳、大普賢岳、山上ヶ岳とずらりと並んでいたが、明日登る八経ヶ岳、弥山を目に焼き付かせた。
(大峰連山の展望)

東の熊野灘の眺めも、下の展望台よりももっと広く綺麗だった。
(熊野灘展望)

山頂から大杉谷への道が伸びており、登山歩道の案内板が立っており、大きなザックを背負った登山者が何人も下って行った。登山口には吊橋や登山道の崩壊で大杉谷は入山禁止の表示があったが、それは建前、自信のある登山者は万全の準備をして入山して、沢山の滝を楽しみながら歩くこのルートの魅力を存分に味わう事が出来るのだろう。
下の展望台まで下ってそのまま進むと、傾斜は更に急になり、登山道は板の階段の道になってきた。どこまでも続く階段は、下りには石ころの道を歩くよりもずっと楽で助かる。途中の曲がりがどの踊り場にもベンチがあって展望台になっていた。
鞍部の広場に下って振り返ると、日出ヶ岳の山頂が望まれ、山頂の展望台や枯れ木立が見えていた。
(日出ヶ岳からの下り)
(日出ヶ岳を振り返る)

鞍部から正木峠への登りには、鹿の食害の説明板があった。ミヤコザサが鹿に食べられて大きくならない事、樹木の皮が齧られて枯れ木の原因になること、樹木の下の方の枝葉を鹿が首を伸ばして食べるので樹木の下枝の高さが揃ってくる(ブラウジングライン)ことなど書いてあった。
正木峠のピーク辺りは白く枯れたトウヒの枯れ木の林になっていて、空恐ろしい風景になっていた。その枯れ木を透して大峰山の峰々が並んで見える風景は、芸術としては面白い画材になりそうだった。
(ブラウジングライン)
(枯れ木の林)

正木峠からの下りも長い板の階段が続いた。下り切ると木道はなくなり、ミヤコザサの中の石くれの道になった。
(正木峠下りの階段道)
(正木ヶ原)

なだらかな道は気温も低く、直射日光を受けても登りがなければ汗ばむこともなく気持のいいハイキングが続いた。なだらかな下り道を下り切ると、駐車場からの近道、中道との合流点があり、尾鷲ノ辻という名前が付いていた。
尾鷲ノ辻からは本当になだらかな道になり、しばらく歩くといかめしい顔立ちの神武天皇の像があり、その先に大きな岩が寝そべっていて、牛石という名前が付けられていた。小さな池もあるここには牛石ヶ原に表示がしてあった。
(神武天皇像)
(牛石)

牛石ヶ原の草原を歩いて行くとすぐに大蛇ーへの分岐点だった。大勢の人が大蛇ーの方から帰ってくる。
大蛇ーの方に歩いて行くと、岩場の手前に「ここは大蛇ーではありません」の表示があり、道が右下に続いていた。小さな子どもたちの集団が登ってきて、「すごーいところだよ。気持よかったあ。」「こだまが面白かった。」などと元気のいいことだ。少し下ったところが大蛇ーで、露岩が谷間に向かってうねうねと伸びていて、その先が絶壁になっている。鎖で囲ってあり、覗き込むとなかなかの高度感で足がすくむ。
千石ーや西大台の稜線の上に大峰山の峰々が並んでいた。ゆっくり展望写真も撮りたかったが、大台ケ原一番の人気スポットなので次々とハイカーがやってきて順番待ちになる。証拠写真のシャッタを押してもらって席を譲った。
(大蛇ー)

引き返す途中で、「ここは大蛇ーではありません」の岩場(にせ大蛇ー)に登ってみた。ここも展望台としてはなかなかのもので、大峰山や目の前の蒸篭ーや千石ーを流れ落ちる中ノ滝の写真を取り、お八つを食べながら一休みした。
(蒸篭ー)
(千石ーと中ノ滝)

にせ大蛇ーから分岐点まで引き返すと、「シオカラ谷を通って駐車場に戻るのは厳しい上り下りがあります」の注意札があった。下りもなかなかの急坂だったが、シャクナゲの多い道で、花の季節にはさぞかし素晴らしい道になるのだろうと思われた。
(にせ大蛇ー)
(シャクナゲのトンネル)

谷まで下り切ると、河原で休んでいる人たちの姿もあったが、吊橋を渡ってそのまま駐車場に向かった。注意札の通りキツイ登りだった。山の家のところで一旦なだらかになったが、駐車場まではまた一登りが必要だった。
(シオカラ谷の吊橋)
(急坂を登り返す)

駐車場に戻って、駐車場入口にある大きな御影石の山名表示の前で記念撮影をして、レストランで昼食を取った。
昼食の後、まだ時間がたっぷりあったので、ビジターセンタに届を出して、入山制限地域の西大台の一部でも歩いてみようかと思ったが、ビジタセンタでは許可者に入山前のレクチャーをするだけで、入山届の受け付けはしていなかった。10日前に環境省自然保護官事務所に申請し「立ち入り認定証」を交付して貰わなければならないらしい。自然保護のためとはいえ、なんとも面倒な話ではある。
(駐車場に戻る)

ビジターセンタで大台ケ原の成り立ちなど勉強したが、大台ケ原が年間降雨量が日本一多いところで、屋久島よりも多いと知ってビックリし、一日来ただけで好天に恵まれ十分な展望も得られた幸せを思った。玄関に2時間半かけて苔観察路を一回りする勉強会の案内があったが、それほど時間を掛けるほど苔が好きなわけでもないので、勝手に自分達だけで苔観察路を一回りしてみた。苔観察路は防護柵で囲って昔の苔を復元しようとする領域の中に作られた遊歩道だが、苔はまだ感心するほど繁茂はしていなかった。出入り口には扉はなくて、鹿が歩けないような鉄格子の仕掛けが面白かった。この中には古川高翁の墓があって大台ケ原の創設者と説明してあったが、久弥のいう松浦武四朗氏と同一人物なのだろうか。
(出入り口の鉄格子)             (苔の生えた古木)
(苔観察路)

大台荘にはキャンセルがあったのか「本日空室あり」の表示があったが、朝食を済ませてドライブウエーを下ると、登ってくる多くの車との交差で苦労しそうな予感がして、予定通りに川上村に下ることにした。ただ、昨夜が少し寝不足の感があったので、来る時に見た民宿の札がかかっていた家に泊めてもらえればと願ったが、民宿の家は留守だった。近くで農作業中の奥さんに他に民宿はないかと尋ねると、「上の道の朝日屋さんなら泊めてもらえるじゃろ」と道を教えてもらえた。上の道とはダムが出来る前の旧道で、朝日屋はその鄙びた狭い旧街道に建つ本館、別館のある大きな老舗旅館で「料理の宿」の看板が出ていた。中に入って尋ねると、今日は一人も宿泊者はいないと言って歓迎された。お手伝いさんをお彼岸で帰したとのことで、女将さん一人での対応だったが、間もなく風呂も用意され、夕食も「料理の宿」に恥じない手の込んだいい味付けの料理が次々と運ばれてきた。料理自慢の和子も脱帽の態だった。貸し切り状態の静かな宿で、ぐっすりと眠ることが出来た幸せな夜でした。


3日目:大峰山
川上村 7:00 = 7:45 行者環トンネル西口路側 8:00 ---- 8:10 登山口 ---- 9:00 奥駆出合 ---- 9:10 石休ノ宿跡 9:15 ---- 9:25 弁天の森 ---- 9:45 聖宝の宿跡 9:50 ---- 10:35 弥山小屋 ---- 10:40 弥山山頂 10:50 ---- 10:55 弥山小屋 ---- 11:00 八方睨 ---- 11:05 弥山小屋 ---- 11:35 八経ヶ岳(昼食) 12:05 ---- 12:35 弥山小屋 12:45 ---- 13:20 聖宝の宿跡 13:35 ---- 14:00 弁天の森 ---- 14:05 石休ノ宿跡 ---- 14:15 奥駆出合 ---- 14:55 登山口 ---- 15:05 行者環トンネル西口路側 15:20 = 15:45 R169 = 16:50 あきのの湯(入浴・夕食) 18:20 = 18:40 道の駅室生(車中泊)
(八経ヶ岳登山ルート)

(八経ヶ岳登山ルートの標高差)

特別に早めに用意された美味しい朝食を頂き、女将さんの笑顔に見送られて朝日館を7時に出発、R169を南下すると大台ケ原ドライブウエー分岐の先に長い新伯母峯トンネルがあり、これを通過したあと下り道を5km走った先にR309への分岐があった。R309は国道とはいえ、車の交差も難しい狭い道がくねくねと続き、行者環トンネルまで700m近く高度を上げていった。狭い行者環トンネルを通過した先の左側に狭い駐車場所があったがすでに満車、この先にも路側駐車の車列が続き、やっと駐車できるスペースを見付けたのはトンネルを出てから500mも先だった。
身支度をしていると、隣に駐車していた岸和田から来たと言う男性が奥駆道など大峰山の登山に付いて色々と話してくれた。この男性はとても親切な人で、この先でも何回か出合うことになり、その都度、宿跡の謂れや見渡せる山々の名前など細かに説明してもらえ、この山旅をより実りあるものにしてもらえた。
駐車場所から10分も歩いて登山口に着き、登山届ポストと「行者環・弥山登山口」の道標のある階段を登って行った。
(行者環トンネル西口)
(登山口)

道は沢沿いのなだらかな道だったが、沢を渡ってからは斜度が急になり、シャクナゲの木が多くみられるようになった。木の根っこや岩の重なる急登の連続になったが、すぐ前を仲良く登っていく中年のご夫婦があり、我家もこの後に付いてゆっくりペースで登って行った。登山口から尾根の奥駆出合まで50分もかかったが、結構厳しいと思っていた今日のコースを一日気持よく快適に歩き通せたのは、この始めの段階で無理して追い越したりしなかったのが良かったのかなと後で思った。
(根っ子道の急登)
(ごろ石の急登)

急登を登り切ったところが奥駆出合で、大峯奥駆道の道標が立ち行者環岳と弥山に通じる奥駆道に入ったのだった。出合には切り株のベンチが並んでいたが、休みなしで歩いて行った。道はここからなだらかな尾根歩きが続き、木立に直射日光を遮られて気持のいい尾根歩きになった。カエデの木が多くて秋には綺麗な紅葉を楽しめそうだが、今は道傍にトリカブト(カワチブシ)が咲いていて目を楽しませてくれた。
(奥駆出合からはなだらか)
(カワチブシ)

途中には、石休ノ宿跡とか弁天の森とか聖宝ノ宿跡とか昔をしのばせる表示があり、石休ノ宿跡の岩場に上がってみると大峰山の山々が見渡せたが、大台ケ原~の展望とは並び方が変わっているので、この段階ではどのピークがどの山だかは判らなかった。木立ち越しに弥山小屋が見えたので、これから登る弥山と八経ヶ岳だけは確認することが出来た。
(石休ノ宿跡から大峰山展望)

弁天の森は1600mのピークで数人の人が休んでいたが、ここも通過した。70mほど下って少し登りかえしたところに岸和田の男性が休んでいて、「ここからが聖宝八丁と言う急坂で今日一番の頑張りどころだ。この先に行者さんの像もあるので休んでいくといいよ。」と教えてくれた。ここが聖宝ノ宿跡で、奥駆出合から45分歩いていた。行者さんに今日の無事登山をお願いしながら一休みした。
(弁天の森)
(聖宝ノ宿跡の修験者)

聖宝ノ宿跡からは確かに急登が続いたが、観光地化の様相もあるようであまり山歩きをしていない風情の人も多く、いくつもの団体さんが休み休み登っているのを追い越しながら登ることになった。
前半は岩っぽいところをジグザグに登って行ったが、後半は木の階段で整備された道を登ることになった。途中には大台ケ原山を眺める展望地もあって、一休みしながら登って行った。
(聖宝八丁の急坂)

宝聖八丁を45分で登り切ると、立派な弥山小屋があり、大勢の人が小屋脇の木陰にあるベンチで休んでいた。小屋周りの森は苔が厚く美しく育っていた。
小屋の前に立つ大きな弥山の山名板の前で写真を撮っていると、件の男性が登ってきて、「八経ヶ岳は目の前の尖った山で近畿地方の最高峰、弥山の山頂はこの裏の神社のところだ」と言って弥山山頂に案内してくれた。
(弥山小屋に到着)
(弥山山標)

「山頂の神社は麓の天川にある弁財天神社の奥宮だ」と言いながら二人を並べてシャッタを押してくれ、さらに「神社奥からの眺めがいいよ」と言いながら案内してくれた。枯れ木の林越しに大峰山の山々が並んでいた。
「山上ヶ岳は今も女人禁制、女性はその左の稲村ヶ岳に登った。右の方に大普賢岳と行者環岳が見えている」と有難い説明が付いた。
岸和田の男性は下って行って、別の男性が登ってきて「ここの枯れ木も凄いが、大台ケ原の方が壮観ですよ」と話しかけてきた。大台ケ原の正木峠は一面枯れ木になっていて壮絶な眺めだったが、ここでは一部生きた木も残ってはいるが、枯れ木の森を上から見下ろす格好なので、規模の大きさはこっちの方が大きく見えるようにも思えた。
(弥山山頂の神社)
(神社裏の展望)

弥山小屋に戻って、すぐ近くの国見八方睨に寄道してみた。八方睨は小さな岩の展望台で大台ケ原が正面に広がっていたが、左の樹木が育っていて大峰山の山並みを見渡すには危なっかしい端の岩角まで降りなければならなかった。
(八方睨からの山上ヶ岳・大普賢岳・行者環岳)
(八方睨からの大台ケ原)

また小屋まで引き返して八経ヶ岳に向かった。弥山と八経ヶ岳の間の鞍部への下りはなかなかの急坂で、八経ヶ岳から引き返してくる途中でへたり込んでいる若者の姿もあった。
鞍部に下ると八経ヶ岳の全容が見えるようになり、登山道脇は見事な苔の森になってきた。大台ケ原の苔観察路がここまで回復するのはいつのことだろうか。
(八経ヶ岳)
(苔の絨毯)

登り始めると金網で囲われたオオヤマレンゲの保護地になり、扉を開け閉めして通過した。実がついた木もあったが、清楚な白い花が咲く時期に登ってくる人は幸せだろうな。
登りの途中から振り返ると、山頂部に小屋が建ち縞枯れ模様になった弥山が見渡せた。八経ヶ岳の領域に入っても枯れ木が目立つ所があった。
(オオヤマレンゲ保護柵)
(縞枯れの弥山を振り返る)

八経ヶ岳山頂まで登ると数人の登山者が休みながら談笑していた。山頂部は狭く、場所があくのを待って証拠写真を撮り、場所取りをして展望を楽しみながら朝日館謹製の弁当を広げた。
(ここにも枯れ木の林)
(八経ヶ岳山頂)

件の男性の説明で大峰山の山並みも判ったので、弥山から大台ケ原への山並み展望を楽しむことが出来た。
(八経ヶ岳山頂からの展望)

八経ヶ岳山頂で30分ほど休んで12時5分に下り始め、弥山小屋で10分、聖宝ノ宿跡で15分休んで登山口には15時前に下り着いた。道に停まっている車は半分ぐらいに減っていた。
川上村に下るか天川村に下るか悩みどころだったが、一度走った道の方が安心だと思って、行者環トンネルを潜ってR169へのくねくね道を下った。10台ばかりの車と出合ったが、幸いバック運転はしないで25分で通過できてラッキーだった。
更にR169とR370を1時間ほど走って、大宇陀の日帰り温泉あきのの湯に入り、汗を流して夕食を取った。車中泊場所としてすぐ近くの道の駅大宇陀に入ってみたが余りにも駐車場が狭く、もう20分走ってR165沿いの道の駅室生に入った。駐車場は広く、車の音も高速道に比べると数段静かでぐっすりと眠ることが出来た。

4日目:帰宅
道の駅室生 6:05 = 7:15 久居IC = 7:30 安濃SA(朝食) 8:10 = (東名阪)= (東海環状)= 9:45 恵那峡SA 10:15 = 11:35 梓川PA 11:55 =(太郎山トンネル事故渋滞)=14:15 太田桐生IC = R50(昼食) = 15:30 佐野藤岡IC = 16:35 日立南IC = 17:10 日立自宅

今日は三連休の最終日、東京向きの高速は渋滞するに違いない。上信越道の渋滞に出合わないよう道の駅を早めの6時過ぎに出発し、R165を1時間ほど走って久居IC直前でガソリンを満タンにして高速に乗り、次の安濃SAで朝食を取った。ここからは往路を戻り、太郎山トンネルの事故渋滞に巻き込まれて20分ロスしたが昼食を先延ばしにして時間を稼ぎ、関越道の渋滞が藤岡ICまで伸びてきていたがぎりぎり下り線への分岐道に滑り込んで無事通過した。あとはしんぱいするほどの渋滞地点はなく、R50の足利のレストランで昼食を取って16時半ごろ日立南ICに帰り着いた。


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