X102.黒部峡谷の下の廊下

1.動 機
下の廊下はV字谷を流れる急流黒部川の電力開発をするために、欅平から黒部ダムまでの間に無理やり作られた道である。毎年、関西電力がこの道を整備していて、一般人も夏の間だけその道を辿って、スリルと素晴らしい渓谷美を楽しむことが出来る。とはいえ、絶壁に作られた道なので、うっかり踏み外して転落すると即死につながるというおっかない道である。
水戸アルパインでは9年前に実施済だった。我家だけで歩くことも計画したことがあるが、人数が集まれば再度実施してもいいとのリーダの有難い話があり、早速希望者を募ったら催行可能な15名の賛同者が集まって案内してもらえることになった。
一日目黒部ダムから日電歩道17kmを歩いて阿曾原温泉に泊り、二日目欅平まで水平歩道13kmを歩いてトロッコ電車に乗り、黒薙温泉に泊って疲れを癒やした。暑かった夏の影響で峡谷の紅葉はまだだったが、深く切れ込んだ黒部峡谷の景観を間近に見ることが出来、なにより無事に歩き通せてみんな満足いっぱいの山旅だった。


2.データ
a)山域:黒部峡谷(1550m〜590m)
b)登山日:2010/10/16(土)晴れ、17(日)晴れ、18(月)曇り(前夜発)
c)日程:
10/15:日立電鉄南営業所 = 水戸IC =北関東道
10/16:上信越道 = 扇沢=黒部ダム---- 日電歩道---- 阿曾原温泉(泊)
10/17:阿曾原温泉 ---- 水平歩道---- 欅平駅= 黒薙駅----黒薙温泉(泊)
10/18:黒薙=宇奈月=北陸道=上信越道=志賀高原=関越道=北関東道=水戸
d)同行者:水戸アルパイン会員12名(男4、女8)、和子
e)地形図:1/25000 「黒部湖」「十字峡」「欅平」
(下の廊下ルート図:黒部峡谷GUIDE抜粋)

いつもの様にGPSを持参したが、内蔵助谷出合から先ではVの字に切れ落ちた峡谷に阻まれて衛星信号が十分に届かず、動作不良になってデータが録れなくなった。

3.山行記録
前日:アクセス(水戸=北関東道=上信越道=扇沢駅)
10/15:日立自宅 20:35 = 20:45 日立電鉄南営業所 20:50 = 21:25 勝田駅 21:40 水戸駅 = 22:00 水戸IC = 22:30 桜川RP 22:45 = 佐野藤岡 = 10/16:0:00 太田桐生IC = 0:15 波志江PA 0:35 = 2:40 姥捨SA 2:50 = 麻積IC = 3:30 道の駅安曇野 3:45 = 4:50 安曇野コンビニ 5:30 = 5:50 扇沢駅

前夜20時50分日立電鉄南営業所発のバスは、勝田駅、水戸駅、桜川RPで今回の参加者14名(2名キャンセル)を乗せて、何度かトイレ休憩を取りながら北関東道、上信越道と走って大町に向かった。バスは45人乗りの大型バス、ゆったりと眠ることが出来た。安曇野のコンビニで行動食を仕入れ朝食を取って扇沢には6時前に到着した。
そのうち、まわりの山の紅葉が朝日に輝き始めた。下の廊下の紅葉を期待したのだが、こちらの紅葉はまだまだで、一番綺麗な紅葉を見ることが出来たのはここだった。
(扇沢は紅葉真っ盛り)


1日目:日電歩道(扇沢駅=黒部ダム〜阿曾原温泉)
扇沢駅7:30 =(トロリーバス)= 7:45 黒部湖 7:55 ---- 8:20 ダム下橋 8:25 ---- 9:15 内蔵助谷出合 9:25 ---- 10:30 棒の木平 10:45 ---- 11:40 別山沢(昼食) 11:55 ---- 12:35 白龍峡 ---- 13:25 十字峡 13:45 ---- 14:30 作廊谷合流点 ---- 14:40 半月沢 ---- 15:20 東谷吊橋通過 15:30 ---- 15:45 仙人谷ダム通過 15:55 ---- 16:20 権現峠 ---- 16:50 阿曾原温泉小屋(泊)

黒部ダムまでのトロリーバスの始発は先週までは6時台もあったが、今週からは7時30分だ。黒部ダムから今夜の宿の阿曾原温泉小屋までは17km、9時間程度かかる。これを逃がすと宿に着く前に陽が落ちてヘッドランプを付けて危なっかしい夜道を歩くことになる。6時50分に開く切符売り場に二人づつ入れ替わりながら並んで無事7時30分の乗車券を手に入れ、全員改札口の先頭に陣取ってトロリーバスに乗り込んだ。
15分ほどで黒部ダムに着き、トンネルの中をダムに向かって歩き、途中から左の分岐に入って下の廊下に向かった。
(トロリーバス)
(トンネル内)

トンネルを出ると目の前の大観峰の上に立山も頭を隠しながらもなんとか見えていた。目を転ずれば大タテガビンの鋭鋒が聳えていた。下の廊下はこの岩山の右の岩壁をへつりながら歩くらしい。
脇の別のトンネルの前の広場で準備運動をして歩き始め、「旧日電歩道」の道標のある所から登山道を下って行った。
(大タテガビン)
(旧日電歩道に下る)

急坂を120mほど下ると黒部川のほとりに出て、木の板の橋で対岸に渡った。橋の上からは黒部ダムの巨大なアーチ式の堰堤が見る目を圧倒させる。残念ながらここから見るのを楽しみにしていたダム放流のジェット水流はなかった。近くの看板を見ると今年の放流は昨日までとなっており、休日の今日までサービスしてくれればいいのにと恨み言を言いたくなる。
(木の橋を渡る)
(放流のない黒部ダム)

橋を渡ったところで一休みしてまた歩き始めたが、樹林の中のありふれた登山道で、まだ緊張は高まってこない。
それでも、色づき始めた木々の紅葉を眺め、大タテガビンを目の前にして石の頭を伝って沢を渡ったり、流れ落ちる水しぶきを受けながら枝沢を横切ったりしているうちに、切り立った両側の岩壁がだんだんと迫ってきて、黒部峡谷を歩いていると言う感じが出てきた。
(始めは樹林の中のありふれた道)
(だんだんと感じが出てきた)

やがてごろ石が転がる内蔵助谷の出合に下った。この辺りに雪渓が残っているとルートが怪しくなって大変なことになるらしいが、雪渓は全部崩れ落ちていて、巨大な雪渓の塊の下を川の流れが流れている。雪に悩まされることはなさそうだ。
沢の別れに陣取って他のグループと一緒に行動食を口に入れ、紅葉を眺めながら一休みした。
(一旦内蔵助谷に下る)
(難所に備えて一休み)

内蔵助谷の出合から丸太の階段を登り、大石ごろごろの川沿いをまた1時間歩いて棒の木平で休憩。ここで「これから先は危ないところが出てくるから安全装備を付けること」と指示が飛んで、腰にハーネスを取り付けた。
丸太の梯子を登ると崖を削って作った狭い道が現れ、場所によっては丸太4本を束ねただけの所もあり、徐々に高さも増してきて緊張感でいっぱいになってくる。崖側には太い針金が2本取り付けてあるが谷側には何もなく、絶壁のはるか下に川の流れが見えている。間違って足を滑らしたら、途中で受け止めてくれる何物もないから谷底まで真っ逆さま、間違いなくあの世行きになるという噂が身にしみてきた。針金を掴んで足元に気を付けながら手を滑らしながら歩いて行った。
崖を削り込んで出来た道は頭の上にも岩が出っ張っている。削りは最小限になっているから、うっかりすると頭がゴツンと行きそうだ。下だけ見ていればいいわけではない。
(棒の木平)
(装備を付けて)

崖の道を歩いて行くと、先が渋滞していた。狭い道も崩落(?)で行きどまりになって、丸太で作った梯子を20mも登って下らなければならない。滑りそうな丸太を踏みながら登って行くと、足の下に何もないから高度感が物凄く、恐怖感が湧いてきて身が硬くなった。崖に作られた道はいくら道幅が狭いとはいっても、足が大地に乗っていると思われるだけまだマシなのだった。
(雪渓は消えても高巻きはあった)

高度を下げて別山沢を石の頭を飛びながら渡ったが、雨の後で水量が多くなると徒渉は苦しいことになりそうだった。すぐ先の河床で各自持参の弁当を広げた。周りの渓谷には雪渓が崩壊した巨大な塊が岩のようにゴロゴロと転がっていて珍しい景観を作っていた。
大勢のグループも休んでいたが、皆さんが出て行ってから出発した。後ろから追いついてきたグループに追い立てられると落着いて歩けない。追い越してもらうにも、追い越しできる場所を選ぶのが大変なのだ。
別山沢から登り返すと道はだんだんと高度を増していき、向かいの絶壁との間隔も狭くなってきて黒部峡谷の真髄に近づいてきた感じがしてきた。
(別山沢で昼食)
(道はだんだんと厳しくなる)

高度が最高点になると谷底との高度差は100mを越す高さに見え、綺麗な黒部川の流れも絶壁のはるか下に見えている。足取りは自ずと慎重になり、写真を撮るのも左手はワイヤをしっかりと掴んで右手だけでカメラを持ってシャッタも押す。
高度を下げた所にまた高巻きの梯子があった。10m程の間が崩落気味になっていて20mもありそうな大掛かりな高巻きの梯子を作ってあるのだった。崩落部分は気を付けて渡れば大丈夫なように見えたが、団体行動に勝手は許されない。怖い思いをしながら高巻き梯子を登って下りた。
梯子を下りたすぐ先に「白竜峡」の看板があった。白竜峡は黒部川の両側に切り立った花崗岩の白い岩壁が連続し、下を覗けば怖い思いもするが、透き通ったエメラルドグリーンの流れとの調和が、えも言えず美しかった。
看板には(黒部ダム駅9.3km、仙人谷ダム7.3km、欅平20.9km)」の表記があり、阿曾原温泉までまだ半分しか歩いていないのだった。日が暮れないうちに阿曾原温泉まで着くためには急がなければならない。
(高度感いっぱいの白竜峡)
(白竜峡、高度を下げる)

白竜峡を過ぎて30分のところに小さな沢があり、沢の先に樋で作った水場があった。冷たい水が流れていて、ペットボトルの水を入れ替えた。
その15分先の沢では滝のように勢いよく水が流れていて、水しぶきが身体にかかってくるので、濡れないよう急いで通過した。その沢のすぐ先の岩の上からも水が道に流れ落ちており、シートでカバーしてあった。ここも雨の時には大変そうだ。
(水場の沢)
(水しぶきの沢)

水しぶきの沢から10分ほどで、十字峡の上の広場に着いた。十字峡は岩壁を割って左岸から剣沢、右岸から棒小屋沢が、ほぼ同じ場所に合流するのだが、広場からは下に木の葉越しに見え隠れするだけだ。阿曾原温泉に急がなければならないが、下の岩の上まで下って十字峡を間近に眺めることになった。リーダの親心である。
急な坂を下ってから狭い岩場の上に上がり、かわるがわる覗いて見た。一枚の写真には十字峡の全容は入らない。次のグループがやってきたので、何枚か撮って後で合成することにし、早々に引き揚げた。
(十字峡:手前黒部ダム、向い仙人谷ダム、左剱沢、右上棒小屋沢)

広場の下に剱沢を渡る吊橋があり、「一人づつ渡橋してください」の注意札があった。ニュージーランドのヒーフィートラックで何度も出合ったと同じ注意札だ。
橋の上から眺める十字峡は少し遠いので見た目には迫力に欠けるきらいがあるが、写真を撮るには一枚に入りきって具合が良かった。
(十字峡の吊橋)
(吊橋からの十字峡)

十字峡を過ぎるとまた歩道の渓谷からの高さが次第に増してくる。歩道はずっと1000mの標高を維持しているのに黒部川は海に向かってどんどん高度を下げるているのだ。遥か下に黒部峡谷の流れを見るようになる。
(高度感万点)
(素晴らしい渓谷美)

まだまだ高度を上げて危うい山道が続く。 高度感たっぷりのところに「半月峡」の看板があった。黒部ダム駅まで13.9Km 仙人谷ダム2.7Km 欅平駅16.3Kmとある。
やがて黒四地下発電所の二つの送電線出口が対岸に見えてくる。将棋の駒のような面白い形をしている。黒四や新黒三の水車の開発には従事したが、発電所には一度も入ったことがないのが残念。
(半月峡の向こうに黒四発電所)

地形図では半月峡の次にS字峡が現れるはずで、両側に岩壁がSの字のように複雑に入り組み、激流が左右にぶっつかって飛沫を上げることから名付けられているというが、崖に樹木が多くてよく見えない。
さっきまでは遠くに見えていた送電線のトンネルを真向かいに大きく見るようになると、水平な道は終わりになって、黒部川に向かって下り始める。
梯子など使ってじぐざぐに鉄塔脇を通って急坂を下ると吊橋の前に出た。看板には「東谷吊橋」とあり、ここにも「一人づつ渡橋してください」とあった。今度の吊橋は随分と長くてよく揺れて歩きにくく、全員渡るのに10分近くかかった。
(鉄塔に向かって高度を下げる)
(長い東谷吊橋)

吊り橋を渡ると車も走れる広い林道に出て、その先には落石防止の長くて立派な洞門もあった。ここまで車も入って来れる関電の専用道もあるのだろう。
洞門を抜けると、眼下に仙人谷ダムの湖面が見えてきた。コバルトブルーの美しい色合いだった。
(落石よけのトンネル)
(仙人谷ダム)

仙人谷ダムに出て堰堤上に上がると、左に美しいダム湖が見渡せ、右にはダム下の渓谷に義務放流らしい噴流が噴き出しているのが見え、その上に鉄管と屋根の付いた橋が見えていた。居合わせたダム管理の人に聞くと、上は工事用トロッコ電車の鉄橋、下は新黒三への給水鉄管だとのこと。
堰堤入口には「登山者の皆さまへ」の案内図があり、ダム施設内を一般者が通行するルートが示されていた。関電施設内に登山道があるのだ。案内図に従って進むと、扉を開けてトンネルの中に入った。照明もある立派なトンネルだが、レールのあるトンネルの分岐点にくると熱気でむんむんとし硫黄の臭いもしてきた。高熱隧道の話を思い出す。
(堰堤上から下流を見る)
(関電軌道橋、鉄管、放水)
(ダム管理所のトンネル)

再び扉を開けて外に出ると、広場ではスーツ姿の人もいる集団が何かの説明を聞いていた。登山道を歩かなくてもここまで入って来られる関電通路があるのだろう。さらに進むとマンションのような大きな建物の庭先に着く。 この建物はさっきの案内図には人見寮とあり、ダムの職員や関電出張者の為の宿舎らしく、一階の勝手場(?)からはまかないさん達が手を振ってくれていた。
人見寮を過ぎると普通の山道になり、すぐに急登が始まった。この坂は100m程の登りだが、ここまでの長い日電歩道を歩いて来た身にはキツイ登りだった。途中、重いザックを投げ出してへたり込んでいる阿曾原温泉でテント泊するという二人連れの若者もいた。
(最後の登りがきつかった)
(樹林の廊下)

登り切れば水平な道となり 権現峠でトンネルをくぐったが、 崩れた石の塊が重なる荒れたトンネルだった。
水平な道をしばらく歩いていくと阿曽原峠に着き、阿曾原温泉への150mの急な下りの山道になった。
(荒れたトンネル)
(登った分下る)

小屋には17時前、明るいうちに到着できた。早速、女性陣は露天風呂へ、男性陣は自動販売機からビールを引き出してカンパーイ!
露天風呂は小屋から100m近く下ったところにある。男女入れ替えで女性陣は17時半からの食事前に入ったが、男性陣はお代わり自由のカレーライスを腹いっぱい食べてから入った。道は階段状になっているとの宿泊者の話を聞いて小屋のつっかけを借りて下りて行ったが、道は正に登山道そのもの、ヘッドランプ頼りの登り降りは危なっかしかった。
それでも脇の岩場で裸になって飛び込んだ温泉は暖かくて気持がよかった。ゆっくり浸かって長かった日電歩道の疲れを癒やした。
近くに湯気が出ているシートで蓋をされたトンネルがあったので覗いてみたが、中は物凄い熱気ですぐに顔をそむけてしまった。
阿曾原温泉小屋はトタンぶきのこじんまりとした小屋だが、下の廊下のほぼ中間地点にある露天風呂のある秘境の温泉小屋は人気が高く、50人定員にいつも100人から200人の宿泊者が押しかけると言う。少し下にはテント場もある。私達は予約していたので割合ゆっくりと眠れたが、飛び込みの人の中には食堂や荷物部屋に押し込められている人もいた。
(やっと阿曾原温泉小屋に到着)
(露天風呂・いい湯だな)




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