81.飯豊連峰縦走

1.動 機
水戸アルパインの7月例会として、飯豊連峰縦走が3泊4日で計画された。飯豊山は独身時代に誰かにくっついて一度縦走した記憶があるのだが、どのルートを歩いたのか全く記憶にない。大きな山なので、とても単独計画で出かける自信はないので大喜びで参加した。一行は男性8名、女性18名、総勢26名(最高年齢72、平均61)の大部隊だった。

2.データ
a)山域:飯豊本山(2105m)、大日岳(2128m)、北股岳(2025m)
b)登山日:2004/07/29夜(木)〜 8/02(月)
c)コースタイム:
前夜7/29:
日立計算センタ前20:40 =東海=勝田=水戸= 22:20那珂IC 22:35 =(常磐道)=
1日目7/30:
5:10 大日杉小屋 6:05 ---- ざんげ坂 ---- 6:40 休み 6:45 ---- 7:15 長之助清水 7:25 ---- 7:37 御田 ---- 8:00休み 8:05 ---- 8:45 鍋越山分岐 8:55 ---- 9:40 地蔵岳 9:50 ---- 10:20 休み 10:25 ---- 11:05 目洗清水 11:20 ---- 12:00 御坪 12:25 ---- 12:40 御沢分岐 ---- 13:00穴堰 ---- 13:15 御沢分岐 ---- 13:40 水場 14:20 ---- 14:35 雪渓 ---- 14:50 切合小屋
2日目7/31:
切合小屋5:55 ---- 6:25草履塚 ---- 6:40姥権現 6:50 ---- 御秘所 ---- 7:40一ノ王子 7:50 ---- 8:05 本山神社 8:20 ---- 8:35 飯豊本山 8:50 ---- 9:10 駒形山 9:15 ---- 9:35 お花畑 9:50 ---- 10:15 御西岳 ---- 10:20 御西小屋 11:40 ---- 12:10 文平の池 ---- 12:40 休み 12:45 ---- 13:10 大日岳 13:25 ---- 14:10 文平の池 14:15 ---- 14:50 御西小屋
3日目8/01:
御西小屋 7:10 ---- 7:40 休憩 7:50 ---- 8:00 天狗の庭標柱 ---- 8:15 休み 8:20 ---- 8:35 休み 8:45 ---- 9:00 御手洗の池 ---- 9:35 休み 9:50 ---- 10:35 烏帽子岳1 1:00 ---- 11:30 梅花皮岳 ---- 11:45 梅花皮小屋 12:55 ---- 13:25 北股岳 13:40 ---- 14:10 休み14:20 ---- 14:40 門内岳 14:45 ---- 14:50 門内小屋
4日目8/02:
門内小屋 6:15 ---- 6:30 胎内山 ---- 6:40 扇ノ地紙 6:50 ---- 7:20 梶川峰 7:30 ---- 8:20 五郎平清水 8:40 ---- 9:10 滝見場 9:20 ---- 9:50 湯沢峰 10:10 ---- 11:00 休み 11:10 ---- 11:40 飯豊山荘 11:50 = 12:00 飯豊梅花皮荘 13:05 = 道の駅いいで = 福島飯坂IC = 那珂IC =
d)同行者:水戸アルパイン(男性7、女性17)、和子
e)地形図:1/25000 「飯豊山」「長者原」

3.山行記録
準備
男性8名、女性18名の大部隊で、初日の切合小屋は食事がでるが、二日目、三日目は自炊生活だ。28日に全員集まって、リーダが作成したメンバ表、コースタイム、食事計画など詳細に記述された計画表が渡され、これに従って食料品の共同購入をした。初日の大日杉からの登りは標高差1100m以上あり、週間百名山によればコースタイムが7時間とある。しばらく歩いていないので体力に不安がありザックの中身は最小限に抑えたが、男性は自分の食料のほかに共通材料や炊事道具、2人用チェルトを持たされる。水1.5kgを加えて12kg、和子も10kg。
前夜:7月29日 曇
20時40分に計算センタ前でバスに乗る。いつもはトップ乗車だが今回は日立から4名の女性が既に乗車しており挨拶する。東海、勝田、水戸と仲間が増え、那珂ICで最後の乗車があり、一路飯豊山麓に向かう。皆さんのザックの重さを伺うと、男性はみんな15kg超、女性でも12kgと平気でおっしゃる。12kgや10kgでは恥ずかしくて弱音を吐けなくなった。途中、中郷SAで休憩したが、その後うとうと眠ってしまい、どこをどう走ったのか分からなかった。

1日目:7月30日 曇

目覚めるとバスは駐車していたが、間もなく発車して細い林道を走って大日杉駐車場に到着した。バスのドアが開いたとたんに、わ〜っと大量の虫が飛び込んできた。すぐにドアは閉められたが、窓ガラスにバチバチとぶっつかって来る。これは凄い。アブの一種のようだったが、虫に脅されて朝ご飯のおにぎりは車内でほおばった。身支度して少し歩いて真新しい大日杉小屋の広場で準備運動をする。小屋は新設なのにトイレはなんと一つだけ、大渋滞!


準備運動をして6時5分に標高612mから歩き始めた。登山道ははじめから結構な急坂で、ざんげ坂という名の急登に差し掛かる。「いまさら懺悔することはなにもないよ」と文句を言いながら重いザックに耐えながら登っていった。ざんげ坂を過ぎてすぐに休憩になったが、曇空で背中を焼かれることはないのに早くも汗が吹き出ている。次に長之助清水という水場に着いて休憩したが、冷たくて美味しい。ペットボトルの水を入れ替える。さらに急登は続く。ママコナ、ミヤマクルマバナ、センジュガンビなどの花を愛で、何度か休憩を取りながら登っていった。やっと地蔵岳(1539m)に到着した時、丁度晴れ間がでてきて、飯豊山が目の前に現れた。「ウワア!でっかいな」とみんな疲れを忘れて大喜びした。


急坂で二人の仲間の足が攣り、隊列は3隊に分けられた。ここからはなだらかなアップダウンの繰り返し、綺麗な高山植物の花にも慰められる。御坪で休憩を取って全員の無事を確認してから、再出発したが、問題はその直後の分岐点のところで起こった。

写真撮りで遅れた私が御沢と種蒔山との分岐点に来て迷った。どちらも行き先は切合小屋になっている。バスの中での「この時期、沢道には雪が残っていないので山道を歩く」の注意を事前の勉強をしていなかった私には聞き取れていない。沢の方が楽そうだからこちらに言ってみようと右に曲がった。少し進んでも登山道に踏み跡が見えない。すぐに引き返すべきだったが、周りに花も多く、魔がさしたようにこのまま進むのも悪くないなと思案中、分岐点についた第2部隊の声が聞こえた。「こっちには誰もいないよ」と返事を返したが、中身は聞こえなかったようで第2部隊もこちらにやってきた。沢への降り口まで一緒に歩いたが、急坂に恐れをなして引き返した。35分のロス、特に足の引き攣ったTさんには気の毒だった。

分岐点に戻ったが第3部隊の姿は見えない。既に過ぎたと判断し、私が追いついて遅れていることを連絡することになった。坂道を急いで歩いたが第3部隊に追いつくことはなく、水場で待っていた第1部隊に追いつくことになった。第1部隊にも長いこと待たせて申し訳なかった。第1部隊は安心して出発したが、私は咲き誇っていたハクサンコザクラや近くの小滝の写真を撮りながら、第2、第3部隊を待った。


第2、第3部隊と合流して40分後に切合小屋に向かって歩き始めた。15分で雪渓が見えてきたが、ここで第1部隊の一人が待っていてくれて、雪渓を高巻くように指示してくれた。


切合小屋の手前の高台(1750m)に着くとマツムシソウが一面に咲いていた。こんな群落は見たことがなく、何度もシャッタを切った。飯豊本山や大日岳は雲の中だったが、大朝日連峰の山並みが遠くに見えていた。小屋に入って寝場所を確保し、前庭の水で口を洗って、また高台に上がって雲間から夕日が射し込む大日岳方向の風景をカメラに収める。

この切合小屋は食事付き、夕食は一皿のカレーライスに福神漬け。女性から「美味しいな。お代わりないの」と声がかかったが、「一杯だけよ」と断られた。

2日目:7月31日 曇

昨日は疲れていたので早く寝ることが出来、今朝は4時ごろ空が白み始める頃起き出した。早速、寝袋を片付けて外に飛び出し、日の出を拝む。雲海が美しい。雲海を赤く染めながら朝日が昇ってくる。何度もシャッタを切った。大日岳の山並みが朝日に燃えてくるのも美しかった。
食事はどんぶり一杯のご飯と生卵と味付け海苔と味噌汁。生卵を食べられない人は悲劇だった。この小屋は食事付きなので、ザックの重さは減ることはなく昨日と同じ。「それでも登りが少ない分楽かな」と言い合っていたら、「御秘所の岩場があるから気を抜くな」と注意された。


6時前に出発し、いきなりの急登を登って草履塚に到着。あたりはガスっていて、景色を楽しむことはできなかったのが残念。そのまま一気に姥権現まで下る。ここで小休止になったが、トリカブトやシャジンに見とれて、姥権現さまにお参りするのを忘れてしまった。姥権現を過ぎ御秘所と言う意味ありげな場所に来たが右側が垂直にきれ落ちた岩稜帯で慎重に通過した。一ノ王子でまた休憩。岩場に上ると西大日岳、大日岳、御西岳、飯豊本山、飯豊本山小屋と気持ちのいい展望が開けていた。

飯豊山神社への最後の急登に取り付いたがザレたジグザグ道で歩きにくい。飯豊山神社に着いて参拝、本山小屋からはほぼ平坦に近い登りである。まわりの高山植物を楽しみながら歩いたが、ここで初めてイイデリンドウが咲いているのを見つけて夢中でシャッタをきる。イイデリンドウはこれから先、門内岳の先まで随所に見ることが出来た。やっと飯豊本山山頂〈2105m)に登ったが、あたりはガスっていて、景色を楽しむことはできなかった。一等三角点と朽ち掛けた山名標柱の前で記念撮影。
これから先、駒形山(2038m)で晴れてきた烏帽子岳方向の展望を楽しみ、お花畑で休憩して御西岳(2013m)を越えて10時20分に御西小屋に到着。


狭い小屋の2階に就寝場所を決めて、昼食の行動食を食べて、水と雨具だけを持って11時40分に大日岳に向かって出発する。この道にもチングルマやハクサンイチゲなどのお花がいっぱいで、中間の文平の池から眺めた、北股岳から烏帽子岳、飯豊本山にかけての展望も素晴らしかった。小休止して裾野から眺めた大日岳の登りはきつそうだった。頑張って登ったが2128mの飯豊連峰の最高峰山頂はガスの中になってしまい、残念ながら360°何の展望もなかった。しばらく待っても展望が開けないので、山頂標柱の前で証拠写真を撮って早々に往路を引き返した。

小屋に戻って水の確保にみんなで出かける。往復10分ほどかかったが、水量は豊富で冷たく美味しかった。歯磨きをし、身体も拭いてすっきりする。

今日は土曜日なので小さな小屋は一杯になる。室内でリーダ男性4人が炊事を始まめたが、狭くて手伝いが入る隙間はなく、じっと出来上がりを待っていた。暖かい雑炊をありがたく頂戴する。ここで雪渓で冷やしておいたという1.8リットル2パックのワインが出される。ブランデーやウイスキーも次々出てくる。ザックの重さの違いはここにあったのか。ありがたく頂戴して就寝したが、寝るのは一畳に2名、足と頭を互い違いにして寝るので寝返りが不自由。朝、和子は持病の腰痛が再発したと嘆いていた。


3日目:8月1日 晴
朝早くから出発する人たちの声と音で3時ごろから目覚める。今日は朝から晴れ渡っていて、小屋の前庭からは、昨日の大日岳、今日の烏帽子岳や梅花皮岳だけでなく、遠く吾妻連峰、安達太良、日光、那須、燧ヶ岳などの山々も全部見えた。みんな山名同定に忙しかった。
朝ご飯にキャベツたっぷりのラーメン、昼弁当に赤飯のアルファ米を作ってもらう。

ゆっくり7時10分に出発する。和子のほかに腰痛を再発した人がおり、ゆっくり休み休みの行程になる。初めは緩やかな下り坂だったが、その先もアップダウンも少なく比較的歩きやすい道を歩いて、天狗の庭近くで休憩する。目の前に大日岳の山襞が大きく迫っていた。行く手に烏帽子岳、梅花皮岳、北股岳への登山道が延々と続いて見えた。その間に新潟の市街が見え、佐渡島まで見えていた。


烏帽子岳から先、道はそれほど険しくはない。それでも太陽が頭の上から照らしてくる今日は喉の渇きがひどく、ここまでの登りで残り少なになっており、飲んでも生ぬるくて元気が出てこない。「梅花皮小屋の水は美味しいよ」と励まされて、元気を奮い立たせて梅花皮岳(2000m)を通過し、梅花皮小屋へ下っていった。


烏帽子岳から先、道はそれほど険しくはない。それでも太陽が頭の上から照らしてくる今日は喉の渇きがひどく、ここまでの登りで残り少なになっており、飲んでも生ぬるくて元気が出てこない。「梅花皮小屋の水は美味しいよ」と励まされて、元気を奮い立たせて梅花皮岳(2000m)を通過し、梅花皮小屋へ下っていった。

ここの水場は1分程のところにあり、冷たくて豊富に流れていた。500ccボトルに入れた水を一気に飲み干した。全身を濡れタオルで拭いて生き返った。ここでまたポカをやった。身を乗り出してボトルに水を入れようとした時に、首からぶら下げていたカメラケースが水中にポッチャン。慌てて引き上げても後の祭り、これ以降自分では写真を撮れなくなってしまい、山頂の証拠写真や撮りたい展望写真は仲間に撮っていただいた。4月の奥竜神で川に落としたばかりで、今年2度目! 経済的にも打撃大だが、恥ずかしきことこの上なし。(メモリーだけは無事で今まで撮った写真は無事だったが、デジカメを濡らした時には、すぐには電源を入れないで完全に乾燥させてからスイッチを入れれば助かるかも、とは経験者の私の反省)

梅花皮小屋は改築間もない綺麗な小屋で、トイレも水洗で気持ちよかったとの評判だった。狭かった御西小屋も来年には改築されるとのことだし、時流に乗って飯豊の山小屋も過ごしやすくなりそうだ。
冷たい水を飲み、赤飯の弁当を食べて元気を付けて、北股岳の登りに取りかかる。今日の登りではこの坂道が一番の急な登りだ。30分頑張って北股岳(2025m)に登りついて振返ってみると、飯豊本山−御西岳−大日岳から烏帽子岳−梅花皮岳−梅花皮小屋と歩いて来たルートが一目瞭然だった。ここから先、少し下って登り返し門内岳の山頂(1887m)に立ち、門内小屋に入った。

この小屋も御西小屋と同じくらいに狭いが、明日が月曜日なので泊り客が少なくゆっくり寝られそうだ。場所を確保して水汲みに出かけた。水場は遠く10分くらいかかるだけでなく、水量が心もとないほど少ない。大きな入れ物に給水すると後にすぐ行列ができる。
今日の夕食は明太子チャーハンと若芽スープ、今日も炊事の手伝いもしないでワインとブランデーを頂戴しおつまみをつまんで満足する。

4日目:8月2日 晴

今日もピーカン、朝日が蔵王山塊から登ってきた。朝ご飯はお湯を沸かすだけにして、山菜おこわのアルファ米と味噌汁、それにコーヒ。トイレが一つで少々渋滞。
下山後ゆっくりお風呂に入れるよう早立ちすることになり、6時15分出発した。小屋から稜線の道を北へひたすら歩いて胎内山を越え、途中紫のマツムシソウの群落を見たりしながら道は単調に進んで扇の地紙(1889m)で一休みした。


ここで主稜線から分かれて右の梶川尾根に入り、1400mの一気の下りに入った。それでも初めのうちは勾配も緩く稜線上から飯豊連峰の山並みがいつも見えていて元気付けてくれた。五郎平清水で冷たい水を補給し、滝見場から石転び沢の大雪渓と梅花皮滝を俯瞰し、ここからはまさに転げ落ちるような急坂を飯豊山荘まで下っていった。途中、何組かの登山者がこのルートを登ってくるのに出合った。ここを登るのは超大変だと思われたが、登る人たちはみんな元気にみえた。

山荘で待っていたバスで国民宿舎「飯豊梅花皮荘」に移動してゆっくりと汗を流し、ビールで乾杯して、久しぶりの美味しい食事(ざるそば)を頂いた。あとはR113,RR13と繋いで福島飯坂ICで高速に乗って一路茨城に帰ってきた。みんなこの大縦走を達成した興奮覚めやらず、水戸に着くまで誰も居眠りもせず山行の思い出話に花を咲かせていた。



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