S104.展望の山々
(金峰山そして国師岳・北奥仙丈岳)

1.動 機
金峰山は2年前瑞牆山に登ったとき、鷹見岩からその堂々とした山容と山頂に目立つ五丈岩を眺めて以来憧れの山になっていた。標高2599mのこの百名山は、大弛峠から登れば標高差僅かに230mで山頂に立てる。これだけでは物足りないので、大弛峠の反対側に対峙する北奥仙丈岳と国師岳にも登って展望を楽しんでくることにした。日帰りも可能なルートではあるが、せっかくの百名山、山頂の山小屋に一泊してゆっくりと歩くことにした。


2.データ
a)山域:北奥仙丈岳(2601m)、国師岳(2592m)、朝日岳(2579m)、金峰山(2599m)
b)登山日:2005/10/25(火)晴、10/26(水)晴後曇
c)コースタイム: 
10月25日:森山自宅3:40 = 3:45日立南IC = 4:40三郷IC =5:20 高井戸IC = 5:55談合坂SA6:05 = 6:15勝沼IC = 6:50道の駅牧丘6:55 = 7:50大施峠(朝食)8:30 ---- 9:05前国師岳9:10 ---- 9:20北奥仙丈岳9:30 ---- 9:45国師岳9:55 ---- 10:20夢の庭園 ---- 10:30大施峠10:45 ---- 11:15朝日峠 ---- 11:50朝日岳(昼食)12:55 ---- 13:45賽の河原13:50 ---- 14:00金峰山14:20 ---- 14:50千代ノ吹上 ---- 15:30金峰山小屋(泊)
10月26日:金峰山小屋6:50 ---- 7:20金峰山7:35 ---- 8:40朝日岳8:45 ---- 9:15朝日峠 ---- 9:45大弛峠10:00 = 11:00道の駅牧丘11:05 = 11:45広瀬ダム11:50 = 12:00道の駅みとみ(昼食)12:30 = 一般道(R50)= 18:30森山  
d)同行者:和子
e)地形図:1/25000 「金峰山(南西)」

3.記 録 
10月25日(火)
(ドライブ)
高速料金割引のため、朝3時40分に我家を出発して朝4時前に日立南ICで高速道に乗った。仙丈ケ岳の時は失敗した首都高も間違えないで無事通過し、勝沼ICに2時間半で着いた。大弛峠への林道はナビでは案内してくれないので、とりあえず道の駅牧丘で小休止しながら、近くの人に道を確認してから林道川上牧丘線に入ることが出来た。夜10時から朝6時の間は工事のため通行禁止だが、もうとっくにゲートは開いている。1500mを登る完全舗装の林道は曲がりくねってはいるが、対向車も殆どないのでそれほど苦労はない。大弛峠に近付くと、カラマツの黄葉越に五丈岩が見えてきた。早速路側に車を止めてシャッタを押した。
(北奥仙丈岳、国師岳)
大弛峠につくと既に駐車場には20台以上の車が駐車していた。空きスペースに駐車して朝の弁当を開いた。身支度を整え、駐車場の立派なトイレを使い、駐車場から少し上った大弛小屋の前庭を通って国師岳の登山道に入った。路側に霜柱が立っている整備された登山道を登ると、直ぐに木の階段が始まった。前国師までの急坂はほとんどこの木の階段が続いたが、段差が小さく屋内の階段のように歩きやすかった。階段でないところは石の段を辿る道で、それだけ坂道は急なわけで、外気は冷たいが汗ばんでくる。それに、いきなり2400mから登り始めるので、高山病の気配も出てきたのか頭も重い。慎重にゆっくり足を運んだ。夢の庭園への分岐を右に分けて登っていくと後ろに五丈岩が見え始め、やがて富士山も姿を現した。一息入れてはシャッタを押すことを繰り返した。
(整備された木の階段登山道)
前国師岳の手前の岩場は絶好の展望台だった。富士山から南アルプス、中央アルプス、金峰山、朝日岳、八ケ岳ずらり並んで壮観である。すぐ上の前国師岳山頂には立派な山名板が立っており、奥秩父側の展望が開け、目の前にらくだのこぶのような甲武信三山が迫っていた。こちら方向にも煙を上げる浅間山のほか、たくさんの山が見えていたように思うが、富士山から八ケ岳にかけての展望が嬉しくて、もっぱら南から西ばかり向いてシャッタを押していたようで、後から見ると東から北にかけての写真は一枚も残っていない。
(前国師岳の岩場からの展望:富士山、南アルプス、中央アルプス、金峰山、八ケ岳)

先の分岐を右にとって10分ほどで北奥仙丈岳に登る。標高2601mは奥秩父の最高峰であり、南アルプスの展望がさらに良くなり、一つ一つのピークの山名同定を楽しんだ。登ったことがない塩見岳、荒川三山、赤石岳、聖岳、などがおいでおいでと呼んでいた。甲斐駒の右上に木曽駒、御嶽山が、八ケ岳の右上はるかに北アルプスも見えていた。
東方の展望をたっぷり堪能してから分岐に引き返し、15分ほどで国師岳に登りつくと、今度は南の展望が開けて、素晴らしい富士山の展望が待っていた。富士山が大好きなので、何枚もシャッタを押した。
(北奥仙丈ケ岳から南アルプス/金峰山)
(国師岳からの富士山)

下りは夢の庭園に回ってみたらシャクナゲの木が多く、季節には見事だろうなと思われた。ベンチのある展望台からも金峰山を中心にした広い展望が開けていて気持ちが良かった。ここまでの階段の登山道は登ってくる人が多く、喘ぎながらも「夢の庭園までは頑張らなくっちゃなあ」と励ましあいながら登ってくる元気な年寄り集団にも出会った。
(金峰山)
十分に展望を楽しんできた積りだったが、大弛峠に下りたのはまだ10時30分、金峰山を往復することも可能な時刻だった。それでも金峰山山頂の展望をゆっくり楽しみたくて、山頂の金峰山小屋の予約は取り消さないことにした。
登りはじめは結構な急登、丸太の階段は朽ちかけて段差も大きく歩きにくかった。急坂を登ってピークを越えたあたりでもう下って来る人に出会った。朝6時に登りはじめたという。ここから多くの人に出会ったが、みんな「山頂は素晴らしいよ」と励ましてくれた。
朝日岳山頂手前はガレバだが絶好の展望台だった。登ったばかりの北奥仙丈岳と国師岳を挟んで、秩父の山、富士山、南アルプスが広く見えていた。山頂を越えたところの岩場も、正面に金峰山を見て、左に富士山や南アルプス、右に八ケ岳が綺麗に見えていた。ベンチに座って五丈岩を眺めながらゆっくり弁当を広げた。食事中に通りかかった京都から来たという単独行の男性と、金峰山と八ケ岳をバックの証拠写真の取り合いをした。
急坂を下って登り返し、鉄山を巻いてなだらかな道を登ると、山頂直下の曲がり角で小石を積み上げたケルンが並んでいるところに出た。ここが賽の河原で八ケ岳と瑞牆山の眺めが抜群だった。瑞牆山がはるか下に見えたので、こんなに低い山だったのかと意外だった。20人ほどの賑やかな集団が下りてきたので、ツーショットのシャッタを押してもらう。
岩の重なりの上に足場を選びながら登って10分で山頂だった。山頂の最高点は岩の重なりでできており、周りはまさに360°の展望が開けていた。もうみんな下山しているので山頂を独り占め、狭い岩の上でぐるりと回りながら360°のパノラマ写真を撮った。岩の下から、「ここに山名板があるよ。シャッタを押してあげるから下りてきたら」と聞き覚えのある声がかかる。朝日岳の京都の男性だった。もうすぐ来るだろうと待っていたとのこと。シャッタを押したら下りていかれた。憧れの五丈岩が目の前に見える。本当にでっかい。5丈って何メートルだったかな。逆光でやりにくいが、シャッタをなんども押した。
(金峰山山頂から富士山、五丈岩、南アルプス)

ここから金峰山小屋に直接下りることも出来るが、変わった角度からの五丈岩も眺めてみたくて、大日岩方向に下った。振り返り振り返り下っていったが、結構歩きにくいところもあって「直接小屋に入ればよかったのに」と和子の機嫌がだんだんと斜めになってきた。砂払ノ頭まで下るのは止めにして、千代ノ吹上で富士山とお別れしてから横道を歩いて山小屋に向かった。これまた大きな四丈半岩(後で聞いた名前)が見えてくるとそこが金峰山小屋だった。真新しい建物で、自炊小屋とトイレは別棟になっており、電気は太陽光発電オンリーでジーゼルの音がしない静かな宿だった。
(甲斐駒ケ岳への落日)
15時半に山小屋に入ると、若い青年が一人留守番をしており、私たちが一番の宿泊者だった。ストーブに火が入り、コタツも暖まっていた。宿泊カードに記入して、お茶をいただいている間に、登山者が次々と入ってきたが、今日の宿泊者は合計8名。広い小屋はがらんとしている。「いつもこんなものです」と青年の話だった。一人のご婦人が口達者なお方で、大きな声で休みなく話が続き、みんなの笑いが絶えなかった。これだけ次々話をしていれば、記憶力も退化せず、ぼけることもなかろうと羨ましくなった。日没近くになったので、話を一休みにして外に出てみると、お日様は雲の後ろだったが雲が赤く燃えて綺麗だった。
食事も青年が一人で準備、もつの入ったカレーライスは評判が今ひとつだったが、お汁や漬物、デザートにフルーツもつき、最後に珍しいガンコーラン酒のサービスも出てきた。食後の山談義も済んで2階に上がると、寝具は青年により敷かれていた。敷布団は厚く、掛け布団は羽毛布団で、使わない布団類はカバーをかけて清潔に保管されていた。夜は常夜灯としてランプが点いてなかなかの風情、がっちりとした床は歩いても軋む音もせず、いびきもない静かな夜をぐっすりと眠った。

10月26日(水)
(四丈半岩)
朝5時前に目覚めて外に出てみると、空は晴れ上がり八ケ岳は雲海の上に浮かんでいたが、山頂付近だけガスに囲まれていた。これでは日の出を拝むのは無理だろうと食前の山登りは止めにして、6時の朝食までゆっくり今日の出発のパッキングをした。
朝食後もみんな揃ってゆっくりとし、四丈半岩の前で写真を撮ってから青年に見送られながら出発し、五丈岩への石の重なりの登山道を登った。雲に見え隠れする五丈岩を眺めながら、時に八ケ岳と瑞牆山を振り返ったりして五丈岩のところに登りつくと、とたんにガスが五丈岩を覆ってしまった。寒風に耐えながら晴れるのを待っていたが、10分待っても晴れそうで晴れず、痺れを切らして山頂に登り、すぐに下山にかかった。東側の雲は厚く、その後はずっと霧の中の下山になった。
(朝日岳の霧氷)
朝日岳の山頂でベンチに座って小休止していると、周りのオオシラビソの葉が白く化粧を始めた。葉についた霧粒が凍って霧氷が出来始めたのだった。山の天気の急変に驚きながらも、美しい光景を写真に撮るのは怠らなかった。このあたりから登ってくる人にどんどんと出会うようになり、「随分と早いねえ」の問いかけに、いちいち「山頂に泊まったの。昨日は展望が良かったが、今日は霧氷が綺麗ですよ」の決まり文句を繰り返しながら、大弛峠まで一気に下った。
大弛峠を10時に発車すると、もう登ってくる車はちらほらで、トドマツやナラの木の紅葉を愛でながらの気分のいいドライブになった。帰りは高速代倹約のため一般道を走ることにし、道の駅牧丘に立ち寄ると定休日、広瀬ダムの紅葉を鑑賞し、道の駅みとみまで走って昼食をとり、西沢大橋の上から西沢渓谷入口の紅葉を眺めて、花園ICを素通りして太田でR50に乗り、我家には18時30分に帰りついた。



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