W26.田尻富士

1.動 機
茨城にも里の富士山がたくさんあり、NETにも色々なリストが発表されている。シモンHPのリストには18座載っており、そのうち4座(中飯の赤沢富士、田尻富士、小瀬富士、関本富士)が我家の未踏峰である。
花粉が飛び始めて気が重いが、お天気が良いと出かけたくなる。好物のカニピラフが日立北部の店で半額バーゲンだよとの広告が入り、鞍掛山の墓地の草取りとを口実にして出かけ、水中眼鏡とマスクで花粉対策をして近くの田尻富士に登ってきた。

2.データ
a)山域:田尻富士(260)
b)登山日:2009/02/19(木)晴
c)コースタイム:鞍掛山霊園駐車場 11:05 ----(尾根)---- 11:30 林道分岐(ロス) 11:40 ---- 11:50 林道終点 ---- 11:55 田尻富士 12:00 ---- 12:10 最高地点 ---- 12:25 林道 ---- 12:35 林道分岐 ----(クリスチャンキャンプ場) ---- 12:50 鞍掛け山霊園駐車場
d)同行者:和子
e)地形図:1/25000 「日立」

3.山行記録
田尻富士に登るにはかみあい団地のはずれから登るのが、登山口に案内図もあって正規のルートのようであるが、墓地草取りの用事もあるので、鞍掛山霊園の駐車場に車を置いて登ることにした。
(田尻富士登山コース)
(田尻富士ルート高低差)

鞍掛山霊園の駐車場に着くと、葬祭場はまだ開いておらず、お墓参りに来た車が数台だけでがら空きだ。車を置いて墓地を見に行ったが、草はみっともないほどではないので放置してそのまま登り始めることにした。車に引き返す途中からの日立北部の太平洋の展望は何時眺めても気持ちが良い。
(鞍掛山霊園から日立北部の展望)

霊園の最上部まで歩くと、霊園を囲む金網の柵に扉が付いていて出入りが出来るようになっていた。扉を開けて外に出ると、谷に下る道がある。帰りにはこの道を登ってきたのだが、これを歩けば整備された道が田尻富士まで続いているのだった。登り始めにいきなり谷に下ることには抵抗があり、藪っぽい急坂を薄い踏跡を頼りに尾根に向かって登っていった。10分ほど頑張ってなんとか尾根まで上がると、歩きやすい登山道が現れた。
熱くなると水中眼鏡の中に汗がついて見えにくくなる。いままでのゴーグルではマスクから吐き出す息がゴーグルの中に入って曇るので、今度は水中眼鏡にしてみたのだが、やはりすぐにガラスが曇ってくる。目の周りの狭い皮膚面積からでも結構な汗が出るのだと始めて知った。小さい頃泣虫だった私は、涙腺からの蒸発が多いのだろうか。次は水中眼鏡の枠に穴を開けてみよう。
ここからは気持ちの良いハイキングになり、少し歩くと(日立クリスチャンキャンプ平成14年4月1日〜15年3月31日)という標柱が立つ広場があり、右からかみあい団地からの破線の道が合流してきた。さらに進むと廃車が置かれている広場があり、その先を林道が横切っていた。ここでうっかり正面の北に向かっている林道を歩き始めてしまい、太平洋を眺めたり気持ち良く5分も歩いてからコンパスを取り出して、歩いている方向が間違っていることにやっと気が付いた。廃車の広場まで引き返して往復10分のロスをした。
広場に引き返してから東に向かう林道を歩いて行くとすぐに田尻富士の麓につき、さらに山腹を巻く様にくねくねと曲がる林道を歩いて行くと終点の広場に着いた。富士山への登り道はこの広場の先から上がっていた。
(尾根に上がると登山道)
(林道歩き)

良く踏まれた道を5分も登って小さなピークに着くとシンボルの石の祠があった。最高点はもっと先にあるのだが、土地の人の山行記にもここまで登って来て宴会を開いたとの記述があるので、ここが正規の田尻富士の山頂なのだろう。祠の前で証拠写真を撮った。
ここから先は余り歩かれていないようで、藪っぽい道になった。刈り払いされた篠や雑木の幹が10cm以上飛び出しており、うっかり転んだら大怪我をする。気を遣いながら最高点まで登っていった。最高点には山頂を示す何もなく、一番高そうなところで記念写真を撮った。
(富士山山頂)
(最高地点)

往路を戻っても面白い道でもないので、違うルートで下ることにした。最高点から南になだらかな尾根が伸びているが、あまりはっきりとした踏跡は見えない。植林保護のためか雑木が切り倒されており、作業者が歩いたであろう薄い踏跡を辿りながら下って行ったら15分ほどで林道に降り立った。
林道を歩いて廃車の広場に戻ると、西の谷に下る坂道に「クリスチャンキャンプ場」の道標があった。この道標は登る時見た標柱が立っていた広場のことを指しているのかと思ったが、この道を下っていくと小さなキャビンが沢山建っているキャンプ村に入った。ここはトイレも共同炊事棟もある立派なキャンプ場で、先ほどの道標はこのキャンプ場を指しているのだった。
キャンプ場を抜けると沢沿いの道になり、沢を何度か渡り返しながら下っていくと、すぐ上に霊園の金網が見えてきた。なだらかに坂道を登っていくと霊園入口の扉のところだった。
(キャンプ場)
(沢筋の道)

駐車場所に戻ると、葬祭場では告別式が行われていて、葬祭場の駐車場は満車、霊園の駐車場にも議員さんを待つ車があった。お腹が空いてきたので、墓地の草取りは新芽が出てからということにして、すぐにカニピラフ屋に向かった。




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