W24.城山と丸山
(茨城県の山全山完登)
2.データ
a)山域:城山(218)、丸山(218)b)登山日:2009/02/12(木)晴 c)コースタイム:各山行記に記す d)同行者:Fuさん、和子 e)地形図:1/25000 「岩瀬」 1)城山 コースタイム:日立自宅 8:40 = 9:25 筑西ICロードパーク 9:40 = 9:50 城山登り口P10:00 ---- 10:05 鉄塔 ---- 10:40 城山山頂 11:00 ---- 11:10 ゴルフ場駐車場 ---- 11:45 鉄塔 ---- 11:50 城山登り口P11:55 = 出勤タイムが終わってから我家を出発し、日立南ICから筑西ICまで高速を走って、筑西IC出口のロードパークでFuさんと落ち合った。ここでFuさんに我家の車に乗ってもらって、土地勘あるFuさんのナビゲーションで田舎道を右左に曲がりながら、あらかじめ見当を付けておいた筑波学園GC裏の峠まで走った。途中、ゴルフ場の上に城山が格好よく見えていた。
鉄塔までは良い道が付いていたが、ここからは尾根筋の篠竹の藪に突入するか、一旦深い谷に下るかの選択を迫られた。下るのは嫌なので笹薮の中にわずかに見える隙間を辿って進むことにした。篠竹採取のために出来たであろう尾根筋の篠の隙間はだんだんと怪しくなり、尾根筋からゴルフ場側に少し下ってみた。地形図の破線の道らしきものがあったが、歩く人もいないようでこの道も笹で覆われていた。強引に突き進むとゴルフ場のフェアウエーに突き当たり、境界には猪除けの電線が張ってあった。左に曲がって城山の直下までこの電線沿いを歩いていった。
落差40mほどを雑木の急坂を登っていくとススキの原っぱに飛び出した。山頂付近が小広くなっていて急斜面に囲まれていることは、昔はここに名前通りにお城が建っていて難攻不落の山城だったであろうことを思わせた。山頂はそのすぐ先の高みで、可愛い四等三角点があり、そばに屋根に守られた立派な社とゴルフ場建設記念碑が立っていた。
記念写真を撮ってからコーヒを飲みながらしばらく山談義に花を咲かせた。
東側に広い道が上がってきていたので、下山はこの道を下ってみることにした。広い道を下ると途中に祠のある広場があり、そこから一段と歩きやすくなった。下りついたところはゴルフ場の駐車場で、平日ゴルフを楽しむ沢山の車が停まっていた。
峠のご夫婦のお奨め通りにここから登っていれば15分もあれば城山に登りつけただろうが、余りにもあっけなくて面白くなかっただろう。少しは藪漕ぎがあっても、歩き甲斐がなくてはつまらない。 ここから一般道まで出て車道を歩くことも考えられたが、車道歩きが長くなりそうで全員No! ゴルフ場の境界線上を辿って戻ることにした。プレーを眺めながら歩いていたら、ゴルフ場の人が駆け寄ってきて、「ここはゴルフ場の敷地内ですよ。気をつけてください。」と注意された。山頂直下の往路まで境界線を歩いてから一旦尾根に上がった。尾根筋は篠竹が繁茂しているので、これを避けて反対側に少し下ってから植林の中をトラバースしながら鉄塔まで戻った。往路の篠竹潜りよりも数段らくちんだった。
駐車場所に戻って、篠竹採取のご夫婦に経過を報告しようかと思ったが、もう帰られた後だったので、すぐに、次の丸山登山口に向かって出発した。
コースタイム:12:05 犬田P 12:10 ---- 12:20 農家 ---- 12:30 犬田P= 12:30 本木P 12:35 ---- 12:50 廃屋 (昼食)13:30 ---- 13:45 祠 ---- 14:00 本木P = 14:10 犬田P ---- 14:40 愛宕山山頂 15:40 ---- 15:50 分岐---- 16:15 犬田P 16:20 = 16:25 ロードパーク 16:40 = 17:30 日立自宅2)丸山 あらかじめ見当を付けておいた県道41号沿いの犬田集落の空地に車を入れた。小さな丸山の山頂はすぐそばに見え、どこから登ってもすぐに登りつけると思って歩き始めた。 山沿いの狭い道を登り口を探しながら歩いていったが、農家の上まで来た時にナビを車の上に置き忘れたことに気が付いた。私が引き返している間に、ご婦人達は農家のご主人に登り道を尋ねていた。「この北に昔の登山道があるが杉林を抜けたところで藪道になってしまって今は登るのは無理だ。南の本木集落まで車で行って、向うから登ったほうが良い。本木の人達は信心深いから雨乞いの丸山への道を守っているよ。」と教えてくれた。
今度は進言者のお言葉に従うことにして、車に戻って本木集落の大場石材の先で地方道に入って路側に車を停めた。丸山が少し遠くなったが、丸山方向の狭い道に入ると、そこからの田舎道歩きは気持ちがよかった。最後の一軒家まで入ると舗装は切れたが、そこから先の山の中にも綺麗に刈り払われた歩きやすい道が続いた。ただ、「猪の罠があります」の注意札があちこちにぶら下がっていて気持ち悪く、足元に気をつけながら歩かなければならなかった。
一軒家のすぐ先に右に登る道があったが、丸山方向に進んでいった。農家のご主人のお奨めを聞いて来て良かったな等と話しながら、気持ちの良いなだらかな道を歩いて行くと、だんだんと道は狭くなって、その奥に廃屋になった一軒家があった。その先で斜面が急になり太い篠竹が密集して行く先を閉ざしていた。 お腹が空いては戦にならないと、日向で弁当を広げた。食事をして元気をつけてから周りを歩き回って探ってみたが、篠竹を通過しても歩きやすそうな踏跡は見つからなかった。まだ落差100m、それも急坂を登らなければならないので、道のないところを登るのは辛そうに思えてここから登るのは諦めた。 引き返す途中、一軒家の近くの分岐から綺麗に刈り払われた広い坂道を登ってみたが、その先も小さな祠で行き止まりになった。こんな小さな祠のために長い道のりを綺麗に刈り払ってあるのが不思議だったが、よっぽど霊験あらたかな神様が祭られていて、部落のお祭りが行われるのだろうか。 車に戻った時に通りかかったご婦人に丸山への登山道を尋ねたら「こっちからは丸山には登らないよ。私も昔は登ったことがあるが犬田の方からだったよ。」とのことだった。犬田に戻って再挑戦することにした。
犬田の空地に車を置いて、農家のご主人が説明してくれた自動車工場の脇から山に向かっている道を歩いていった。手入れの良い植林の中に入っても綺麗に整備された道が丸山に向かって伸びていた。
植林を抜けると日当たりの良い道に篠が生えていていたが、歩くのに苦労するほどではなかった。「これぐらいの笹薮で農家のご主人から「歩くのは無理だよ」と言われたのは、私達がよっぽどかよわい女性に見えたのよね」と言いながら、二人の山女さん達はまんざらでもなさそうだった。
その先、尾根に上がったところで左から上がってくる広い道と合流した。下りはこの道を下ってみようと言いながら尾根道を登って行くとすぐに山頂に飛び出した。山頂の南側が開けていて、加波山から筑波山までの山並みが美しかった。
他の方向も樹間からだが山並みが見渡すことが出来て、すぐ近くに雨引山が聳えており、反対側には去年3月に藪漕ぎした羽田山も低く見え、今朝登ったばかりのゴルフ場の城山や、山肌が削られて痛々しい冨谷山などが確認できた。
山頂には四等三角点があったが、よく磨かれた御影石で出来ており、文字も機械彫りではなく手彫りで深く彫ってあり、土地の人が特別に作成したもののように思われた。さすが御影石の名産地ではある。
なんとか丸山山頂に登り付くことが出来て、これで茨城の山は全部踏破したことになった。最後の山で意外に苦労させられたが、すんなり登頂したよりも喜びが大きい。小さな祠の前でポーズをとってFuさんに記念写真のシャッタを押してもらった。Fuさんご夫妻の得意のポーズを真似してみたが、少々ぎこちない写真になったかな。
陽が当たって暖かく、展望も良いのでなかなか去りがたく、コーヒを飲んだり果物を食べたりしながら1時間以上もだべっていた。
下りは分岐のところで尾根筋の広い道を歩いていったが、だんだんと道は消えていった。やはり登りに歩いた道の方が良かったと反省し、藪の少ないところを選びながらトラバースして登って来た道に入った。 ロードパークに戻ってFuさんにお礼を言って別れ、すぐに筑西ICから高速道に乗ったが、丸山で時間を食ったので快調に走っても日立南ICを下りる時には通勤割引の時間になっていた。 |