Y125.生瀬富士立神山周回

1.動 機
 先日、シモンさんに「立神から岩稜コースで生瀬富士に登って立神山を越えてかずま峠から下る周回ルート」を案内してもらったが、今回はその短縮版「立神から鳥居コースで生瀬富士に登って立神山から直接下る周回ルート」を歩いてきた。一部道なきところを強引に突破した所もあったが、好天気の中展望を楽しみながら何とか一周することが出来た。

2.データ
a)山域:生瀬富士(410m)、立神山(420m)
b)登山日:2011/12/23(金)晴
c)コースタイム:
日立自宅 11:10 = 12:05 立神集落路側P 12:15 ---- 12:25 沢分岐 ---- 12:40 鳥居 ---- 13:15 岩頭 13:35 ---- 13:40 生瀬富士 13:45 ---- 14:00 立神山 ---- 14:05 肩 ---- 14:40 正規道分岐 ---- 14:45 氷結部 ---- 14:55 再び氷結部 ---- 15:15 立神集落路側P 15:20 = 16:30 日立自宅
(生瀬富士・立神山周回コース)
(生瀬富士・立神山周回コースの標高差)

d)同行者:和子
e)地形図:1/25000 「袋田」

3.山行記録
 去年シモンさん平野さんと歩いた生瀬富士の鳥居コースを和子が歩いたことがないので、この道で生瀬富士に登って立神山まで歩き、ここからシモンさんから歩ける道があるよと聞いていた立神集落へ直接下る道を探検することで前夜話が決まっていた。早朝から強烈な木枯らしが吹き荒れていて出かけるのをためらっていた和子も、10時すぎになると穏やかになってきて気が変わり、始めていた洗濯物をさっさと干して11時に発車することになった。
 立神集落の路側駐車場に着くと、駐車場はパワーショベル運搬の大型車が占拠していたが、そのすぐ先の路側に駐車して歩き始めた。橋を渡って東電の点検路を歩いて枯沢に着くところまでは先日と同じ道を歩いた。
 枯沢を川沿いまで下ってから笹籔の中の踏跡に向かって右手の崖を攀じ登った。すぐ先にも枯沢から登って来る踏跡が見えていた。
 笹道を行くとすぐに広い道に出た。少々籔っぽいが歩きやすいしっかりとした道がしばらくは続いたが、やがてはっきりしなくなった。
(分岐点から鳥居へ)
(籔っぽい道)

 去年シモンさん平野さんと歩いた時のおぼろげな記憶から籔の中の踏跡を辿っていくと、途中に「猪の罠あり」の注意札が掛っていた。森の中をおそるそる歩いて行ったが、途中から河沿いに出た。
 河床に下りて歩いて行ったら、右手に木の鳥居が見えてきてホッとした。向から川沿いにしっかりとした道が来ていて、ここで直角に曲がって鳥居の下を潜っている。
(川沿いを歩く)
(木の鳥居)

 鳥居を潜って登っていくと右手に踏跡があり、去年はここから入って枯沢まで歩いたような記憶もあった。
 左手二ヶ所の広場に去年と同じように古びた祠が並んでおり、その先には手入れされて歩きやすい登山道が続いていた。登山道には落葉が厚く積もっていて、なだらかな所では気持良く歩くことができるのだが、時々現れる急登では落ち葉で滑りやすくて、立木に掴まりながら登るようだった。
(小さな祠)
(整備された道)

 山頂に近くなってくると、この道も岩を攀じ登ることになる。ゴツゴツとした凝集岩なので足場に不安はないが、やはり気は遣う。出っ張りに掴まりながらゆっくりと登っていった。
 岩頭の手前で岩稜コースと合流し、ここから先日と同じ岩場を登ると岩頭のてっぺんに飛び出す。先日よりも天気が良いので、てっぺんからの展望は素晴らしく、塩原、那須は雲の中だったが、日光連山から高原山はすっきりと見えていた。青空をバックの証拠写真を撮ってから先の岩場に下って昼食にした。
(岩頭へ急登)
(岩頭)

 ゆっくりと昼食をとってから岩稜を渡って本峰に登り、山頂からも向かいの展望を楽しんだ。福田さんの山名板が外れそうになっていたので、これを借用して証拠写真を撮り、立木にしっかりと付け直しておいた。
 ここから急坂を下って立神山に登り返し、この山頂でも証拠写真。三角点と山名板の両方が入るようにポーズを要求される。(後で調べたらこの標石は三角点ではなかった。)
(生瀬富士山頂)
(立神山山頂)

 立神山に登り着いた時には、生瀬富士岩頭の時よりも雲が少し少なくなっていて、塩原、那須の山々も見えるようになっていた。パノラマ写真を一枚パチリ。
(立神山から日光・高原・塩原・那須連山)

 ここからが我家が初めて歩く道の探検の始り。始めのうちははっきりとした歩きやすい道が続いていてルンルン気分で下っていったが、380mの肩に近づくと踏跡がはっきりとしなくなってきた。
 シモンさんからは、この肩から先は急坂なので難儀するから右に巻くように教わっていたのだが、どれぐらいの坂なのか探検したくなって直進してしまった。上から見下ろすと下が見えないのでどんどんと斜度が急になっていそうだったが、踏跡が見えたので踏みこんでみた。案の定、急坂を立木にしがみ付きながら下ることになった。
(始めは歩きやすい道)
(急坂下り)

 すぐ下に谷間が見えるようになってから直進が不能になり、やむなく急斜面を右にトラバースしてから谷間に降り立った。
 谷間は広い籔原で踏跡があるようなないような。とにかくこの谷を辿れば部落に出ることが出来ると踏んで、籔の間の薄い踏跡を辿っていった。やがて谷間は狭くなってきて、枯沢の様な小石が積もった道になって歩きやすくなった。
 この小石の道を下って谷間を抜けると、右手前の尾根から下って来る道があり、これがシモンさんお勧めの道のように思われたが、登り返して確認するまでの元気はなかった。
(トラバース)
(枯れ沢)

 谷間を抜けると道は直進方向の笹籔の中に進んでいたが、左の先に川が見えており、こっちに下れば鳥居コースへの川沿いの道に出るだろうと考えて左に舵をとった。余り道らしくない所も通過しながら何とか川筋までたどり着くと、川沿いに良い道が通っていた。左上流側には堰も見えていて、登る時潜った鳥居が近いことが確認できた。ここから右に曲がれば車道に出る筈だったが、少し歩くと一面氷結している場所に突き当った。壊れた側溝から漏れ出した水が昨夜の寒さで凍ったのだろう、足の踏み場を選ぶのに苦労しそうだった。
 和子が滑ったら川まで転がっていってしまうと先に進むのを渋るので、右上の原っぱに上がった。踏跡を辿ると民家の裏に出て、脇を通らせていただいて表に回ると可愛い番犬が大騒ぎ。お邪魔しました。
(民家にお邪魔)
(ワンちゃん大騒ぎ)

 民家の前には舗装道があり、これを少し歩くと「生瀬富士登り口」と書いた手書きの立札のある道が左に分かれていた。この道を歩いて行けば氷結の場所まで行けるはず、気が進まない和子を引っ張って歩いてみた。
 すぐに見覚えのある青い小屋が見え、その先を回り込んだところが氷結場所だった。水戸アルパインが歩く3月末なら氷結はないだろうから問題なしだろう。
(鳥居コースへの道)
(氷結部)

 氷結場所までの道を確認して今日の探検はお終い。舗装道に引き返し、滝見の湯からの道に出てのんびり歩いて駐車場所に戻った。
(車道から生瀬富士と立神山)

 道すがら、鉄砲打ち装束の軽トラに何台も出合った。駐車場所にも数台の車が停まっており、一台には鉄砲打ちが乗っていた。放射能で流通が止まっていた猪肉が解禁になったので、猟師さんが忙しくなったようだ。歩き始めの籔道で見た「猪の罠」もそれからかも。猪や鉄砲打ちに注意が必要な季節になってきた。




inserted by FC2 system